仲野マリの歌舞伎ビギナーズガイド

一度は観てみたい、でも敷居が高くてちょっと尻込み。 そんなあなたに歌舞伎の魅力をわかりやすくお伝えします。 古いからいい、ではなく現代に通じるものがあるからこそ 歌舞伎は400年を生き続けている。 今の私たち、とくに女性の視点を大切にお話をしていきます。

講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を
東京・東銀座のGINZA楽・学倶楽部で開いています。
歌舞伎座の隣りのビル。
窓から歌舞伎座のワクワクを感じながらのひとときをどうぞ!
これまでの講座内容については、http://www.gamzatti.com/archives/kabukilecture.html
GINZA楽・学倶楽部についてはhttp://ginza-rakugaku.com/をご覧ください。

タグ:松竹座

昨年9月から始まった、GINZAサロンKOKOROアカデミーでの講座。
今年の第一弾は、

「お正月の歌舞伎~1月歌舞伎公演の楽しみ方~」

    2017年1月12日(木)14:00~15:30

歌舞伎座、新橋演舞場、国立劇場、浅草公会堂、そして大阪の松竹座の5座で上演という
お正月ならではの百花繚乱歌舞伎公演。
必見はどの演目? どの役者? 今からチケットとれるの? いきなり行っても理解できる? 
さまざまな角度からご紹介します。
詳細はこちらのサイトをご覧ください。 

遅ればせながらのレビューですみません。
どうしても書いておきたかったので。

七月、大阪松竹座に行ってきました。
もっとも感激したのは
片岡仁左衛門&中村雀右衛門の「鳥辺山心中」
仁左衛門が雀右衛門の肩に手を回す、その手にやさしさと色気が溢れて胸が痛くなるほど!
私は筋書(プログラム)はいつも買うけど、舞台写真は原則買わないのですが、
今回はどうしてもほしくて、でもタイミングを逸して買うこと能わず、
その後観劇で大阪に行く人に1人頼んで間に合わず、それでもあきらめられずに
もう1人に頼んで買ってきてもらった、という、本当にうっとりするほどの舞台でした。

写真でも、その「手」を見るだけで、舞台の感激がよみがえってきます。
 

同じ松竹座夜の部
「菊畑」も素晴らしかったです。
実は兄弟なのにそしらぬ顔で主人と家来、しかして実は正体がわかっていて、
…という二転三転の腹芸がキモとなっているこの舞台、
演じる人を選びます。今回は、なかなか出ない格調の高さで緊迫感あり。
中村歌六の鬼一法眼の貫禄、梅玉の若々しい牛若丸、温かみのある橋之助の鬼三太、
孝太郎の恋する中にも気高い皆鶴姫、
最近太い役も難なくやってのけるようになった亀鶴の湛海。
言うことなし、でした。 

財布を拾って大儲けとおもったらどうやら夢だったと知って改心した魚屋の、
ご存知、落語の「芝浜」の劇化。
1月2日、NHKで中継もされたのでご覧になった方も多かったのではないでしょうか。
よかったですね~、中車。

俳優・香川照之が、市川中車を襲名したのは、
2012年6月のことでした。
その月は「ヤマトタケル」の父王役と「小栗栖の長兵衛」の長兵衛、
7月は「将軍江戸を去る」で山岡鉄太郎、「楼門五三桐」の石川五右衛門を
それぞれ演じました。

公演が始まって数日経つとすぐに声がつぶれてしまい、
長兵衛や鉄太郎のような、歌舞伎というより時代劇に毛が生えたような役でさえ、
名優香川照之の名が泣くような出来栄えでした。
それでもいい、
だって彼は自分のためでなく、息子の将来のために歌舞伎に飛び込んだのだから・・・・。
・・・当時の私はそんなふうに考えていました。

その中車を、違う目で追うようになったのは、
2015年5月明治座「男の花道」あたりからでしょうか。
歌舞伎というより新派の演目ですが、
素晴らしかった猿之助の加賀屋歌右衛門に負けず劣らず、
中車の蘭方医・土生も存在感を示し、何より声が潰れなかった。
ものすごい進歩だと思いました。
そして
坂東玉三郎を相手に伴蔵を熱演した2015年7月の「牡丹燈籠」。
こすっからい前半も、大店の主人におさまった後半も、しっかり演じていました。

そして昨年暮れの「妹背山婦女庭訓」では
ついに女方に挑戦。短い出番とはいえ、豆腐買いのおむらを違和感なく演じ切りました。
(花道を退場するときの下駄の音だけは、女方の音じゃなかったけれど…)

中車は証明したと思う。
40歳を過ぎてからでも、必死に訓練すれば歌舞伎役者になれるんだ、と。
取り返せない時間などないのだ、と。
もちろん、
彼には無理な役は多々あるでしょう。
でも、得手不得手は誰にでもあります。
歌舞伎には「ニン」という言葉があって、
自分にぴったりの役さえ抜群の出来で演じさえすれば人気者になれる。
オールマイティである必要はないのです。

中車は世話物に自分の居場所を見出しました。
今後新派にもなくてはならない役者となりましょう。
長年の俳優生活で得た役者カンや間合いのセンスが生きる。
主人公を演じる器の大きさを取り戻した。
舞台上での観客との距離感も心得てきた。
きっと時代物にも、いつか「ニン」と言われるキャラクターを見つけることでしょう。
今後がさらに楽しみです。

大阪松竹座夜の部は、「絵本合法衢(えほんがっぽうつじ)」の通しです。
なかなか上演されない演目で、
平成4年に孝夫時代の仁左衛門で上演された後、
平成23年3月に国立劇場でかかったのですが、
あの3.11、東日本大震災のために途中で中止となりました。
私もチケットを払い戻しています。
翌24年に仕切り直しでもう一度公演、ようやく観られました。

そのときは、
筋を追うのがとても大変でした。
仁左衛門が「左枝大学之助」と「太平次」の二役をやるんですが、
なんでこの二役をいっしょにやるのかもストンと腑に落ちていなかったし、
頭のなかに「なぜ」がいつもあって、
演目を楽しめるところまでいっていなかったというのが本当のところです。
唯一印象的だったのは、
「大和の倉狩峠」=「奈良の暗峠」にぽつんとある家での場面。
太平次の女房お道が、最後に夫の悪事に見切りをつけて裏切るところでした。

それに比べて、
今回はなんと「悪の華」を楽しめたことか!
自分の心持の違いでしょうか。
今回は仁左衛門丈が監修しています。

まず第一幕第一場、
燈籠の陰から笠をかぶった武士が出てきたその瞬間、
あ、これが大学之助だ、悪いヤツの親玉だ!とわかる、その大きさ!

先月の「新薄雪物語」、「花見」の場でも、
仁左衛門は秋月大学という悪者の役で、笠をかぶって出てきます。
そのときより、さらにダークな空気を身にまとっていた感あり。

この大学、敵だけでなく味方までも、
用済みだったり気に入らなかったりするとバッサバッサと斬りまくる。
文字通り、問答無用。
生殺与奪、オレが決める!の悪の権化です。

その大きさに比べ、
太平治は本当にこすっからいヤツで、
仁左衛門はその太平次を、背中を丸め、首をすくめ、軽い調子で演じる。
反りかえり、肘を張って大きさを見せる大学之助とは、別人です。
早口で、ときにコメディタッチに、ときに色っぽく。
「ワルだね~」とこちらもニヤっとしてしまう、ちょっと憎めないヤツ。
と思いきや、
殺し場では容赦ない。背筋が寒くなります。

とりわけ倉狩峠で
お米(中村米吉)と孫七(中村隼人)を串刺しにするところ!

太平次の留守中、
味方と思っていた太平次が敵方の人間と知った二人と
戻ってきた太平次との息を呑むやりとり。
太平次の殺気がものすごい。
手に汗握る緊張感です。
そして、最後は串刺し。スローモーションで反り返り崩れていく美男美女と
仁王立ちの殺人者の構図は、
一枚の錦絵として妖しく、美しく、圧倒的なパワーを放つ。

米吉の断末魔の叫び声と、
白塗りの顔にほつれ髪がかかる隼人の死に顔の美しさは絶品で、
いつまでも、目に、耳に、残ります。

一度観たはずなんですが、
最後はいったいどうなったか、
悪の権化、大学之助は因果応報で誅伐されるのか????

・・・ここがミソ!

確かに大学之助、一太刀浴びたことは浴びたのですが、
最後の最後まで見せずに、
「本日は、これ~ぎ~り~」の切口上で、強制終了!

だから歌舞伎は面白い、のでありました!

この通しでは、一幕から三幕まで、仁左衛門出ずっぱりです。
体力的に、かなり大変ですので、
この先何回できることか。
ご覧になれる方は、ぜひ今月、松竹座へお越しください。
「悪」なのに、「カッコいい」。

この公演中に、片岡仁左衛門は人間国宝に認定されました。
歌舞伎の真骨頂を、お楽しみくださいませ。

大阪の松竹座昼の部で、「ぢいさんばあさん」を幕見しました。
歌舞伎座のさよなら公演で観た片岡仁左衛門x坂東玉三郎コンビでの感動があまりに強すぎて、
そのとき以来、ほかの配役でこの演目が上演されても、
食指が動かず観劇を故意に避けてきました。

久々に片岡仁左衛門の伊織に会える!

期待いっぱいに席に着きました。

武士の夫婦としてはありえないくらい、
あけっぴろげにラブラブな二人を見るにつけ、
この二人の行く末を知っているだけに3分もたたないうちに涙腺が熱くなり・・・。

京都に単身赴任する夫・伊織に
面と向かって「私、さみしい」と言えない若妻るん(中村時蔵)が
抱っこした生まれたばかりの乳飲み子に
「お父様は遠いところにいくんですよ。さみしいけれど、二人でお留守番しましょうね」と
自分に言い聞かせるように言う場面。

それを聞いた伊織が庭に降り、
るんに背中を向けながら桜の木を抱いて、
「来年の春には満開の桜を見せてくれよ、きっと帰ってくるから」と
本当は背中を向けたるんに向けての「待っててくれよ」を口にする。

それが帰ってこれない・・・と、知ってる身の上としては
前半も前半、最初のところですでに滂沱。

ところが。

新しい発見もありました。
ラブラブな二人の関係に何かを水を差す役まわりの下嶋の人となりです。

別れを惜しむ伊織夫婦にいとまを与えまいと、
一緒に京都に赴任するのというのに、
もっと碁につきあえとせがむ下嶋(中村歌六)。
「俺なんか、うるさい女房と離れられてかえってさっぱりする」というセリフが
非常に胸にささる。
同じ境遇でありながら、夫の単身赴任をそれほど寂しがってくれない奥方との
寒々しい下嶋の家庭が目に浮かぶようです。

京都に行っても
自分から30両という大金を借りて名刀を手に入れながら、
その名刀のお披露目の宴席に自分を呼ばない伊織に
「それは筋が違うだろう」はごもっとも。
その上「お前はオレのことが嫌いなんだ」と言うと
「なーんだ、知っていたのか。実はそうなんだ」みたいに
あっさり「お前が嫌い」を告白する伊織の天然ぶり!

正直すぎるところを「かわいい」「そこがいいところ」と好かれる伊織と、
正論を言っても「しつこい」「やなやつ」と疎まれる下嶋。

今までイヤな奴だと思っていた下嶋が、
急にかわいそうになってきました。
そう、「眠りの森の美女」で王女誕生の祝宴にハブられた
魔女マレフィセントを思い出した。

仁左衛門による伊織の人物造形は、
単なる「いい人」ではありません。
「昔はヤンチャしてた短気な男だったが、美しく優しい女と出会って身を改め、
 子どもも生まれていよいよこの幸せな生活を守りたいと、
 争いごとを好まぬ男になった。
 でも、あまりにネチネチと非をあげつらわれ、思わず昔のくせが出て・・・」

「事を成し」てしまった後の伊織の目は、
江戸でるんに目㞍を下げていた伊織とは別人のように鋭く、
そして自分のやってしまったことへの後悔で漏らす
「うううううううううううう!」という叫びのならぬ叫びは、
満場に響き渡り、伊織の無念さが観客の胸に突き刺さります。

ティボルトを刺してしまったロミオのような感じですね。

後半はほのぼのとした中に、
やはり「坊は・・・」のところで感涙。
それとともに、
伊織単身赴任のもとをつくってしまったるんの弟・久右衛門(中村錦之助)が
姉夫婦が戻るまで家を守り通してきたその思いや
久右衛門の死後も父の遺言に従いそのまま家を守ってきた若い息子夫婦が
いよいよ家を明け渡すときの心情が
中村隼人と中村米吉によって鮮やかに語られます。

仮の住まいとはいえ、大切に住まってきた家を去るさびしさを吐露していた若妻が
最後に
「これから(新居で)私たち二人の本当の生活が始まるのですね」と
高らかに宣言するところが、今回はツボでした。
いつ元の家主がお帰りになってもいいようにと言い付けられ、
古い家だけどリフォームもできず、おそらくは置物の位置も変えず、
完璧な掃除を心がけた若妻のストレスとか、
もういろんなこと考えてしまいました。

ほのぼのとして、思わず顔がほころんでしまい、
そして涙が止まらない、
人の心に寄り添ったやさしい物語です。

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