1月歌舞伎座公演昼の部で、
私がもっとも魂震えたのは、坂東玉三郎の「茨木」でした。
渡辺綱(わたなべのつな)が鬼と戦って左腕を切り落とし持ち帰ると、
その鬼が、真柴という綱の叔母に化けて、綱の屋敷に左腕を取り返しに来ます。
綱は安倍晴明から「絶対に誰も入れてはいけない」と言われているので、
恩ある叔母とはいえ、門前払いを余儀なくされます。

玉三郎の真柴、不気味です。品はあるのですが、不気味です。
「あなたのことをこんなにかわいがったのに、どうして入れてくれないのか?」
そのあまりの説得力に、
鬼の化身とわかって見てるはずのに、
(もしかして、ほんとの叔母さんか?)・・・などと疑い始める自分がいて、
晴明の戒めに従って初めは門前払いした綱の行いに思わず胸をなでおろしてしまいます。
とぼとぼ帰っていく真柴を呼び止めて屋敷に入れてしまう綱は正しい!
「人として当然」のレベル!と思ってしまいました。

ところが!

屋敷の中で機嫌よく舞など見せていた真柴が
「鬼の腕というものを見てみたい」と言い出して、綱も見せちゃって、
箱の中から腕を取り返す直前の形相ったらもう、怖いのなんの!
…先ほどと何ら変わらぬ真柴の出で立ちですが、ほんとの鬼かと思いました。

間狂言(あいきょうげん)になったときには心からホッとした。
間狂言というのは、能から来る言葉です。
前半と後半でシテ(主役)が衣裳を変えて出るために、
その間の時間に狂言でお客をなごませてくれるものです。
前半の真柴に集中しすぎて、クタクタだったから、間狂言って必要だとつくづく思いました。

鬼になってからがまた、ここまでやるかっていうオソロシイ隈取でしたが、
私は真柴の顔が、隈取なんかしなくても一瞬で鬼に変わったシーンが忘れられません。