仲野マリの歌舞伎ビギナーズガイド

一度は観てみたい、でも敷居が高くてちょっと尻込み。 そんなあなたに歌舞伎の魅力をわかりやすくお伝えします。 古いからいい、ではなく現代に通じるものがあるからこそ 歌舞伎は400年を生き続けている。 今の私たち、とくに女性の視点を大切にお話をしていきます。

講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を
東京・東銀座のGINZA楽・学倶楽部で開いています。
歌舞伎座の隣りのビル。
窓から歌舞伎座のワクワクを感じながらのひとときをどうぞ!
これまでの講座内容については、http://www.gamzatti.com/archives/kabukilecture.html
GINZA楽・学倶楽部についてはhttp://ginza-rakugaku.com/をご覧ください。

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通し狂言なので、本当は一日で、
昼夜別に観るとすれば昼→夜の順番での観劇を、と、
皆さんに勧めている当の本人の私が、
時間の都合で夜の部を先に観ることと相成りました。

(但し、私は昼の作品「加茂堤」「筆法伝授」「道明寺」ともに観たことがありますし、
 全段を通しでやった花組芝居の舞台も観て、
 全段を詳しく解説した本も読んではいますので、
 どうお話がつながるのかは知ってのことですが)

夜の部、一言でいって、オススメです!

まずは「賀の祝」から。

「賀の祝」は、
父親の七十の祝に松王丸、梅王丸、桜丸の、
三つ子とその妻が集まるという設定で始まる話です。

最初は、松王丸と梅王丸が
大人のくせに子どもっぽい兄弟げんかをしたり、
それぞれの妻が夫自慢をしたりと、
笑いが絶えないのですが、
後半は、
桜丸切腹という非常に重い展開となります。

桜丸(尾上菊之助)の若妻・八重を演じる中村梅枝が
若さ、美しさ、演技の深さを揃え、絶品です。

歌舞伎はデフォルメの芸術ですから、
「よよよ」と泣き伏す場面や
切腹を何度も遮ろうとする動作は、
ややもするとおおげさだったり、
単なるお約束に見えてしまうときがあります。

ところが梅枝の八重は、
ひとつひとつの所作が古典的でありながら、
愛する人を死なせたくない思いが
現代を生きる私たちにストレートに届く!

八重という若い女性の心をしっかりとつかみ、
さながら文楽人形に魂が乗り移ったかのようでした。

もちろん、
菊之助の桜丸もこれ以上ない美しさ!
伏し目がちでほとんど表情をくずさない中、
最後の最後に父・白大夫を見上げる瞳の切なさよ!

静かな語り口ですが、うるおいと気品あふれる声は
劇場の隅々にまで染みわたります。

白大夫の市川左團次、
念仏を唱える声に親の愛がつまっていて
思わず涙。

本当に素晴らしいです。
ぜひともご覧ください。









3月の歌舞伎は、
何といっても歌舞伎座での通し狂言「菅原伝授手習鑑」

「仮名手本忠臣蔵」「義経千本桜」とこの「菅原伝授手習鑑」は
「丸本歌舞伎」(まるほんかぶき)と言って、
人形浄瑠璃の名作をそのまま歌舞伎にもってきた三大名長編作品として
何度も上演され愛され続けてきました。

「菅原伝授手習鑑」は見取りといって一つの段だけではよく上演され、
特に「寺子屋」や「車引」は非常に人気でよく出ますが、
通し狂言の機会はなかなかなく、
今回は2002年の菅原道真公没後千百年にちなんで行われて以来、
なんと13年ぶり。
菅丞相役には、片岡仁左衛門。
家の芸としてこれを極めることに全身全霊を傾け、
公演中は「精進潔斎(しょうじんけっさい)」、身を清め、牛肉は食べず、という徹底ぶり。
特に「道明寺」は人形浄瑠璃では当たり前のようにできるものを
役者が人間である歌舞伎でいかに説得力あるものとする
非常に難しい場面があります。

人間から神になった菅原公役が、今できるのは仁左衛門丈ただ一人。

必見です。

「通し狂言」といっても、時系列ではありながら完全な順番通りではありません。
でもこのほうが昼の部、夜の部それぞれにクライマックスがあって
非常にわかりやすく、
ビギナーの方もきっと楽しめると思います。

昼の部
「賀茂堤」「筆法伝授」「道明寺」で、
菅丞相(かんしょうじょう・菅原道真のこと)が政争に巻き込まれ、
政敵の奸計から大宰府に流されるまでに軸を置いています。

夜の部
「車曳」「賀の祝」「寺子屋」と、
菅丞相に長く仕える白大夫と三つ子の息子たちが中心。
やんちゃな梅王丸、
優し過ぎて政敵に菅丞相追い打ちの口実をつくってしまう桜丸、
義理との板挟みで悲劇へと突き進む松王丸。
どの段も目が離せません。

菅丞相は昼にしか出ませんので、
仁左衛門目当ての方は、その点を気をつけましょう。

夜は夜で豪華。
松王丸に染五郎、桜丸に菊之助、梅王丸に愛之助。
「寺子屋」で松王丸とのダブル主役ともいえる源蔵には松緑という
素晴らしい布陣です。
壱太郎は昼は苅屋姫、夜は戸浪。
「寺子屋」の戸浪で、千代役の孝太郎にどれだけ伍すことができるか、
非常に楽しみです。

昼の部に松王丸は出てきませんが、
染五郎は「筆法伝授」で、源蔵役で出てきます。
逆に夜の源蔵役に専念の松緑は、昼の出演はありません。

こう見てくると、
やはり「菅原伝授手習鑑」にあって菅丞相と源蔵は
特別な存在だということがわかります。

「筆法伝授」にこそ「寺子屋」に続く大きなドラマの伏線が隠されている!
師弟愛の物語が浮かび上がってくるのは、
通し狂言ならではです。

詳しい配役やみどころは、
以下のサイトでご確認ください。

http://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/2015/03/post_85.html

今月の歌舞伎座では、
夜の部最初の「一谷嫩軍記~陣門・組討」が素晴らしい!
ぜひご覧になっていただきたいです。

「いちのたに・ふたばぐんき」って何?

みなさんの中には中学校の国語の時間、
「平家物語」の「熊谷直実」の段(「敦盛最期」)、
やった人いるのではないでしょうか。

美しい鎧兜の武者と波打ち際で一騎打ちして、
捕えてみれば自分の息子と同じくらいの若武者、
「あなた一人がどうなろうと源氏が勝つ流れはとまらない」
と、わざと逃がそうとするのですが、
高貴な若者は逆に
「だからこそ、これから逃げ回って山賊のような者に殺されるくらいなら
(礼節をわきまえたきちんとした武士である)あなたに首討たれたい」
と言って、そこを動きません。
そうこうするうち源氏側の追手が迫ってきます。
直実は断腸の思いで若武者の首を討つ、という
「平家物語」でも白眉とされる1節の一つです。

このお話をもっとふくらませて長編の歌舞伎にしたのが
「一谷嫩軍記(いちのたに・ふたば・ぐんき)」です。

その長いストーリーの中で
直接上記の部分にあたるのが「組討(くみうち)」

平家物語に描かれた通りの恰好をして、
白い馬(正確には連銭葦毛〈れんぜんあしげ〉)に乗って現れる
平敦盛(たいらのあつもり・尾上菊之助)の武者姿が
本当に絵巻物から抜け出たようで気品と美しさに溢れています。

敦盛

           日本の古典7「平家物語」(世界文化社)函表より

           (一の谷合戦図屏風 敦盛 埼玉県立博物館蔵)


一方の直実は黒い馬に紫の母衣(ほろ)。
青い海をバックにした色の好対照が物語にコントラストを増幅。
波打ち際での馬上の合戦では、
遠近法をうまくつかって子役二人で演じさせる手法。
通常の演出方法ですが、
決して「可愛い」で済まされぬ気迫のこもった殺陣で見せ、
大人二人の演技の続きとしての流れを絶やしません。

そして、何より吉右衛門です。
直実に扮する中村吉右衛門が
武士の勇猛さ、礼節、そして優しさを渾身で体現、
「これぞ歌舞伎!」という凝縮された演技を見せてくれます。

劇場は水を打ったような静寂の中、
首のない死体(菊之助)と、
敦盛を探す途中で深手を追い、息絶えた敦盛の恋人・
玉織姫(芝雀)を同じ板に乗せて海に流してやるなど、
ゆっくりと、無言で舞台を動く直実の一徒手一投足を
ただただじっと見守るだけ。

連戦練磨の手練れの武将であっても、
まだ人生はこれから、という若者を死なせることは
本当につらいこと。

この「一谷嫩軍記」は平家物語の記述を越えて、
この後もお話は続きます。
敦盛の首を持って義経に見せるという「熊谷陣屋」の段。
ここのほうが「組討」よりよく上演されるし、
シネマ歌舞伎にもなっているので、
ご存知の方も多いかもしれませんが、
直実は単に「息子と同じくらいの若者を殺した」以上の苦しみを背負っています。

そのことは、
「組討」の段だけを観ている間はわかりません。
でも、
愛馬にだけ無言で明かす溢れる涙に、胸がつまります。
歌舞伎の中で、馬は2人の人が中に入って演じますが、
本物の馬かと思うほどリアルな演技をします。
ここも見どころの一つです。

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今週末からクリント・イーストウッド監督の映画
「アメリカン・スナイパー」が公開されますが、
これは、イラク戦争などで160人を殺害した
名うてのスナイパーが主人公。
帰還後、PTSDに苦しみます。

ちょうど今、テレビで予告編が流れていますね。
幼い男の子が武器を担ごうとする。
その子に照準を合わせながら、
「(武器を)持つな、持つな、持たないでくれ!」と願うスナイパー。

こちらの予告編も、胸がつまります。

https://www.youtube.com/watch?v=Av1UW0myxiA

戦争とは、
人の持つ優しさを、当たりまえの情愛を、人間性を
なんと残酷に踏みにじることでしょう。
自分にも、敵にも、
家族がいて、愛する人がいて、
人を傷つけず、幸せに暮らしたいのに…。

それは1000年前も、今も、変わらない心なのです。

幕見で観れば1500円。
吉右衛門丈、体力的なこともあり「これが最後と思って」とおっしゃっています。
16:30~17:55。
時間が合う方は絶対見たほうがいいと思います。
歴女の方は、必見。

お時間があれば、夜の部は通しでどうぞ。
続く「神田祭」は、重苦しい雰囲気を一発で消してくれますし、
「筆屋幸兵衛」は、明治初期が舞台で、
歌舞伎というより新劇に近い。
主役の松本幸四郎の狂気の演技が最高です。
中村児太郎のお雪も、他の演目での華やかな芸者や傾城とは一変、
オーラを消し尽くしての薄幸度200%のリアルさに拍手です。

歌舞伎座公演の詳細はこちら

歌舞伎座は、
松竹座から1日遅れて今日が初日です。

昼の部は
「吉例寿曽我(きちれいことぶきそが)」「毛谷村(けやむら)」
「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」と
名作が目白押しです。

私がもっとも楽しみにしているのは「積恋雪関扉」
小野小町姫/傾城墨染実は小町桜の精の菊之助。
舞踊の大曲ですから、舞の名手としての菊之助をじっくり味わいたいです。

「吉例寿曽我」はオールスターキャスト勢揃いで見ると華やかですが、
今回はぐっと若返っています。
存在感と憎々しさ抜群の中村歌六が工藤祐経なので、
びしっと場を引き締めて統率してくれることでしょう。
荒事が好き、という中村歌昇の曽我五郎が楽しみ。
一方
「毛谷村」は菊五郎/時蔵の鉄板で、安定感抜群。
大人の芸が観られますね。

私は「彦山権現〜」のお園という女性が大好きです。
講座でも取り上げましたが、
男に生まれたかったデキる女のプライドとか、
長女だからすべての責任をとろうとしてしまうところとか、
本当に感情移入できちゃう女性です。
「毛谷村」の段だけだとなかなかわからないですが、
そういう性格を、
時蔵さんがうまく浮かび上がらせてくれることでしょう。

夜の部は
「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」と
「神田祭」「筆屋幸兵衛」。

「一谷嫩軍記」は、
よくかかる「熊谷陣屋」ではなく、その前段の「陣門」と「組打」が出ます。
「組打」は、
「平家物語」にある、波打ち際で熊谷直実が敦盛の首を取る場面です。
美しい若武者姿も一見の価値あり。

「神田祭」は江戸っ子のいなせぶりを理屈抜きで楽しんでください。

逆にホネのある物語が好きな方には「筆屋幸兵衛」
明治維新で落ちぶれる元武士とその家族の運命を描く
河竹黙阿弥の作品です。
こういう心理ものでは、
シェイクスピアなどの舞台も数多く踏んだ松本幸四郎が
役柄に深い陰影を刻みます。

詳しくは、こちらをどうぞ。

昨日オススメした「黒塚」
この名舞台を、
実は1300円で見られるんです!

歌舞伎座には一幕見といって、
直通エレベーターで4階に上がり、一演目のみ見るという制度があります。

詳しくはこちらを。

時間や金額はその時によりますが、
1演目30分〜2時間楽しめ、
全部観ると3階B席より少し高くなる位の設定。
仕事帰りやポッカリ空いた時間に
映画を見る感覚で楽しめるし、
気に入った演目のみリピートしたいときには特にいい制度です。

もちろん良席に越したことはありませんが、
オペラグラスさえ持って行けば、十分。

ただし、
1〜3階席には行かれない構造ですので、
お買い物を楽しみたい方には不向きです。
また、
舞台上方は見切れます。
花道も全部は見えません。
(七三といって、よく役者が立ち止まって演技するところは
 今の建物になってからは4階からでもわりとよく見えます)
こうした「見切れ」は3階席も同じこと。
1等席に比べ、値段が3〜4分の1以下なので、
そこはガマンです。
今回も、夜空に浮かぶ月は見えませんでした。
私は同じ演目を以前観ているので、脳内でイメージ。
リピーターはこの脳内変換で見切れをしのぎます。

ですから、
本当に初めての観劇で、
歌舞伎を丸ごと知るには確かに良席に越したことはありません。
可能であれば、最初は良いお席での鑑賞をおすすめしています。
できるだけ舞台に近く、
等身大の俳優の動きや汗、息遣い、巻き起こる風を感じられるお席で。
衣擦れの音、焚き染めた香の匂いまで、五感で体感していただきたいからです。

少し慣れてきたら、オペラグラスを持って上から俯瞰できるお席もオツなもの。
クローズアップとロングとを自分でコントロールしながら、
お話の隅々まで堪能してください。

近くで1回、俯瞰で1回、違う角度で見るのがベストなのは、
どんな舞台芸術にも言えることですけどね。

でも、
お金も時間も無限ではないので、
ぜひ一幕見を利用して、
歌舞伎を楽しむチャンスを作ってみてください。

ふらっと行って、ふらっと入る、が理想ですが、
人気の演目は販売時間まで並ばないと売り切れる場合も。
特に天気のよい土日の昼とかは、気をつけてください。




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