仲野マリの歌舞伎ビギナーズガイド

一度は観てみたい、でも敷居が高くてちょっと尻込み。 そんなあなたに歌舞伎の魅力をわかりやすくお伝えします。 古いからいい、ではなく現代に通じるものがあるからこそ 歌舞伎は400年を生き続けている。 今の私たち、とくに女性の視点を大切にお話をしていきます。

講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を
東京・東銀座のGINZA楽・学倶楽部で開いています。
歌舞伎座の隣りのビル。
窓から歌舞伎座のワクワクを感じながらのひとときをどうぞ!
これまでの講座内容については、http://www.gamzatti.com/archives/kabukilecture.html
GINZA楽・学倶楽部についてはhttp://ginza-rakugaku.com/をご覧ください。

タグ:市川中車

三遊亭円朝作の落語の中でもよく知られた人情噺。
酒好き遊び好きの魚屋政五郎が、
早朝の芝浜海岸で立派な革財布を拾います。中には大金! 
これで当分遊んで暮らせると狂喜乱舞した政五郎は、
すぐに家に帰ると酒や肴を注文しまくり、仲間を集めて昼間から大宴会。
ところが、一晩寝て目覚めると、
女房に預けたはずの財布がない!
「知りませんよ、夢でも見たんじゃないですか?」
―それから3年。
酒を断ち、生まれ変わったように働いて
店まで構えるようになった政五郎に、
おたつはあの革財布をおずおずと差し出します。
「宵越しの金は持たない」江戸っ子の、
豪快だが女房に弱いしがない棒手振り・政五郎を
香川照之こと市川中車が好演。
中車が歌舞伎の世界に足を踏み入れて4年、
江戸庶民の生活を描いた「世話物」には
欠かせない役者となっています。
詳しくは→ 

財布を拾って大儲けとおもったらどうやら夢だったと知って改心した魚屋の、
ご存知、落語の「芝浜」の劇化。
1月2日、NHKで中継もされたのでご覧になった方も多かったのではないでしょうか。
よかったですね~、中車。

俳優・香川照之が、市川中車を襲名したのは、
2012年6月のことでした。
その月は「ヤマトタケル」の父王役と「小栗栖の長兵衛」の長兵衛、
7月は「将軍江戸を去る」で山岡鉄太郎、「楼門五三桐」の石川五右衛門を
それぞれ演じました。

公演が始まって数日経つとすぐに声がつぶれてしまい、
長兵衛や鉄太郎のような、歌舞伎というより時代劇に毛が生えたような役でさえ、
名優香川照之の名が泣くような出来栄えでした。
それでもいい、
だって彼は自分のためでなく、息子の将来のために歌舞伎に飛び込んだのだから・・・・。
・・・当時の私はそんなふうに考えていました。

その中車を、違う目で追うようになったのは、
2015年5月明治座「男の花道」あたりからでしょうか。
歌舞伎というより新派の演目ですが、
素晴らしかった猿之助の加賀屋歌右衛門に負けず劣らず、
中車の蘭方医・土生も存在感を示し、何より声が潰れなかった。
ものすごい進歩だと思いました。
そして
坂東玉三郎を相手に伴蔵を熱演した2015年7月の「牡丹燈籠」。
こすっからい前半も、大店の主人におさまった後半も、しっかり演じていました。

そして昨年暮れの「妹背山婦女庭訓」では
ついに女方に挑戦。短い出番とはいえ、豆腐買いのおむらを違和感なく演じ切りました。
(花道を退場するときの下駄の音だけは、女方の音じゃなかったけれど…)

中車は証明したと思う。
40歳を過ぎてからでも、必死に訓練すれば歌舞伎役者になれるんだ、と。
取り返せない時間などないのだ、と。
もちろん、
彼には無理な役は多々あるでしょう。
でも、得手不得手は誰にでもあります。
歌舞伎には「ニン」という言葉があって、
自分にぴったりの役さえ抜群の出来で演じさえすれば人気者になれる。
オールマイティである必要はないのです。

中車は世話物に自分の居場所を見出しました。
今後新派にもなくてはならない役者となりましょう。
長年の俳優生活で得た役者カンや間合いのセンスが生きる。
主人公を演じる器の大きさを取り戻した。
舞台上での観客との距離感も心得てきた。
きっと時代物にも、いつか「ニン」と言われるキャラクターを見つけることでしょう。
今後がさらに楽しみです。

今月の歌舞伎座は、

「本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)~十種香」
木下順二作「赤い陣羽織」
「重戀雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」

本朝廿四孝では八重垣姫を中村七之助が、濡衣は中村児太郎、勝頼が尾上松也のフレッシュな顔ぶれで。
「赤い陣羽織」は肩の凝らない民話仕立て。喉をつくって「牡丹燈籠」で玉三郎相手に抜群の呼吸を見せた市川中車と、若いながら変幻自在の女方を務める児太郎に期待。
「重戀雪関扉」はなんといっても玉三郎の傾城墨染実は小町桜の精が眼福。
そして松緑が関守関兵衛実は大伴黒主をどこまで大きく演じられるかがカギです。
 

通し狂言「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」
「杉酒屋」は文楽ではよくかかりますが、歌舞伎ではあまり出ません。
「杉酒屋」「道行恋苧環」のお三輪は七之助、「金殿」のお三輪は玉三郎が演じます。
橘姫は児太郎。
今年4月の平成中村座で、七之助/児太郎での金殿を観ています。
今回児太郎は七之助と玉三郎の二人のお三輪を相手にしますが、健闘を期待します。
玉三郎も、後輩たちへ自分の芸を間近で示し教えるチャンスですから、一際輝いて見せるでしょう。
中車が初の女方に挑戦するのも話題ですね。

詳しくは、歌舞伎美人(かぶきびと)をご覧ください。
最近サイトがリニューアルされ、「みどころ」「配役」などは、左上の方にクリックするボタンがあります。 

歌舞伎座夜の部の「牡丹燈籠」は、私が大好きな演目です。
ただ、
今回は少しお話を端折ってつくられています。拙講座
「女性の視点で読み直す歌舞伎」⑨で「牡丹燈籠」を扱ったときの
サブタイトルに「3組の男女が織りなす‘愛と死の輪舞’」と掲げたように、
このお話にはお露と新三郎、お峰と伴蔵、お国と源次郎という
3組の男女が出てきます。
でも今回、源次郎は出てこない。お国は出てくるけれど、
源次郎とのお話を封印しているので、ほんとのチョイ役です。
私は3組の男女のなかでも、特にお国の生き方が好きなので、
そこを端折られるのはとっても残念なのですが、
それはそれとして、今回の「牡丹燈籠」も
玉三郎のお峰と中車の伴蔵の二人の関係にぐっと絞って
見ごたえがありました。

五月の明治座でも思いましたが、
中車が歌舞伎役者として非常に力をつけてきた。
香川照之という俳優のキャリアを生かすだけの基礎を
ようやく積み重ねつつあると感じます。

なにより、声が通る。これ、歌舞伎では本当に大切なことなんです。
「一声、二顔、三姿」ですからね。昔から。
オペラと同じくらい、「声のいい人が一番ハンサムで、ヒーロー」と
観客には聞こえるのです。これ、ほんと。

歌舞伎に出始めたころの中車は、すぐに声が枯れてしまい、
脇役のほうがいい声を出していて、非常にアンバランスなことが多かった。
今、中車の声は劇場の隅々にまできちんと通ります。
重要な役の人間として、感知される声です。

「牡丹燈籠」のような、江戸の庶民の市井を扱った
いわゆる「世話物」と呼ばれるジャンルでは、
中車は自分の居場所を確立したと確信しました。

ただ様式美がウェイトを占める時代物では、
まだ難しいかもしれません。
今回「牡丹燈籠」の後半が大幅にカットされ、
伴蔵がお峰を殺す場面が「幸手堤」から「関口屋内」つまり、
夜の土手に妻をだまして連れ出し、夫が糟糠の妻を故意に殺す、という凄惨な殺し場から
夫婦喧嘩の末、幽霊のお露と間違えて殺し、気がつくと改心してわびる、という
「伴蔵そんなに悪い奴じゃないじゃん」的な幕切れとなったのには、
「幸手堤の殺し場」という、錦絵のような殺人事件の「様式美」が
中車にはまだ手に負えない、と考えられたからかもしれない、と
私は想像します。

そのあたりが、歌舞伎の難しいところであり、見どころでもあるのです。

今回の「牡丹燈籠」をご覧になった方は、
シネマ歌舞伎に「牡丹燈籠」がかかったら、ぜひ見比べていただきたい。
同じ玉三郎さんを相手に、
片岡仁左衛門さんがどんな伴蔵を演ずるか、
幸手堤のおぞましくも美しい場面とはどんなものなのか、そして
お国と源次郎の恋物語もコクがあります。

今月の歌舞伎座は、
昼の部が「南総里見八犬伝」と「与話情浮名横櫛」そして
「蜘蛛絲梓弦(くものいとあずさのゆみはり)」。

「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」は
いわゆる「お富さん」の話。
〽粋な黒塀見越しの松に/あだな姿の洗い髪/
 死んだはずだよお富さん~・・・の、
お富さんを坂東玉三郎が、
「御新造さんへ、お富さんへ、いやさお富!久しぶりだ~な~」の
与三郎を市川海老蔵が務めます。

「蜘蛛絲梓弦(くものいとあずさのゆみはり)」は、
市川猿之助の六変化で見どころたっぷり。
こちらも見逃せません。

・・・ということで、
なんと3日の初日を待たずにチケットが完売。
人気の玉三郎、海老蔵、猿之助の揃い踏みなので、むべなるかな。
今後、団体キャンセルなどによる戻りチケットを待つか、
幕見に並ぶなどしないと観劇は難しいかもしれません。

夜の部も完売の日が多いですが、
こちらはまだ大丈夫。
「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」の「熊谷陣屋」と
通し狂言「怪談牡丹燈籠(かいだんぼたんどうろう)」。
こちらも見逃せません。

「熊谷陣屋」では海老蔵が
左團次、芝雀、魁春、梅玉などのベテラン勢を向こうにまわし、
熊谷直実を務めます。

「牡丹燈籠」は、
鉄板お峰・玉三郎の胸を借りて
中車が伴蔵に挑戦。
陰影深い人間を演じたらピカ一の俳優・香川照之が、
歌舞伎役者・市川中車としてどこまで伴蔵の心の闇に迫れるか、
近年めきめきと歌舞伎の水になじんできた中車の伴蔵に期待です。
猿之助がどんな圓朝を演じるか、それも興味津々。

詳しい配役やあらすじなどはこちらをどうぞ。

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