仲野マリの歌舞伎ビギナーズガイド

一度は観てみたい、でも敷居が高くてちょっと尻込み。 そんなあなたに歌舞伎の魅力をわかりやすくお伝えします。 古いからいい、ではなく現代に通じるものがあるからこそ 歌舞伎は400年を生き続けている。 今の私たち、とくに女性の視点を大切にお話をしていきます。

講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を
東京・東銀座のGINZA楽・学倶楽部で開いています。
歌舞伎座の隣りのビル。
窓から歌舞伎座のワクワクを感じながらのひとときをどうぞ!
これまでの講座内容については、http://www.gamzatti.com/archives/kabukilecture.html
GINZA楽・学倶楽部についてはhttp://ginza-rakugaku.com/をご覧ください。

タグ:中村歌昇

中村歌昇・種之助兄弟による初めての勉強会が
8/24、25に国立劇場小劇場で行われました。
演目は「毛谷村」と「船弁慶」。

「毛谷村」は歌昇が主人公の六助です。
お園は中村芝雀、微塵弾正を尾上松緑という豪華な布陣。
「船弁慶」は種之助が静御前/知盛霊で、
こちらも義経に市川染五郎を迎え、
弁慶は父・又五郎、舟長は兄・歌昇でした。

特筆は種之助の静御前で、
これまで観たどんな静とも異なる、清廉かつ瑞々しい出来。
私はこの演目を観るといつも
「恋人との別れを前に白拍子として舞うように命じられる」つまり
商売女としてしか見られていない静が哀れでならないのですが、
今回はそんなことどこかに吹っ飛んでしまうほど、
静と義経の間には熱い熱い恋人同士のきずながありました。

静には、義経しか見えない。
一瞬でも長く義経と一緒にいたい恋心、
義経の航海無事を願い、一心に舞うひたむきさ。
その情熱のほとばしりがありながら、
能舞の格調の高さを凛と保っているのです。

そうした静の心根を、染五郎の義経もしっかりと受け止め、
上に立つ者として苦渋の決断をしながらも、
「本当はお前といたいんだ!」の視線が静の瞳を指して空中を一直線!
短いセリフの中に、ドラマが感じられます。
美しく、凛々しく、心優しい義経が最高でした。

若い二人の間に割って入る弁慶ですが、又五郎の弁慶は情に厚い。
別れさせなければならない苦悩をかみ殺すところが、
「この場に悪い人などだれもいないんだな。せつないな~」を実感させます。

観る前は、静より知盛の霊のほうを期待していたのですが、
こちらは「まだまだ」。
重力を感じさせない足の運びは素晴らしいものの、小粒な知盛となりました。

舟長役は小気味よく好演した歌昇、「毛谷村」では六助を。
しかし六助、一筋縄ではいきません。

親孝行のためだと言われればわざと負ける気の好い田舎者としての顔、
助けた子どもの面倒をみる、子ども好きな顔、
「母にしろ」「嫁にしろ」と押しかけられてもすぐに気分を害さず、
「今日は奇妙なことばかり起こるな~」と笑って構えるおおらかさ。
しかし一転、
師匠と仰ぎ見るお園の父・一味斎の横死を知り、かつ
弾正に騙されたと知って形相が変わり、凄みが出るところ。
最後は敵討ちに出掛ける雄々しさと、「女房」に見送られる面映ゆさと。

がんばってはいましたが、六助の心の動きが手に取るように見えるまではいきませんでした。
子どもをあやすところでは泣きすぎ、後半は微笑みすぎか。
どちらかというと、前半におおらかさを、後半は剣術の達人としての厳しさを強調し、
メリハリを逆につけたほうがよかった気がする。
これ、愛之助で観たときもそう思ったけれど、
受けの多い役なので、本当に難しいんですよ。
吉右衛門とか菊五郎とか仁左衛門とか、重鎮がやった初めて味が出る。
大体が、「力持ちの大女」が惚れる「無敵の大男」の話なので、
小柄な歌昇にはただでさえハードルの高い人物でした。

でも、いいんです。
勉強会ですから。本役にするには、当然気の遠くなるような道のりが必要なのです。
「まだまだ」が如実に現れ、はるか向こうに高みの嶺があるのだと自覚することこそ、
勉強会の本分です。

すべてはここから。がんばれ、兄弟!

今月は、自主公演や勉強会も多いです。

おもな自主公演は

第2回「翔の会」(現在高校生の中村鷹之資の勉強会)8/2@国立能楽堂

第7回「挑む!」(尾上松也。特別出演片岡孝太郎)8/8@神奈川芸術劇場(KAAT)

第1回「研の会」(市川右近。ゲストに市川猿之助)8/22、23@国立劇場小劇場

第1回「双蝶会」(中村歌昇・種之助兄弟)8/24、25@国立劇場小劇場

勉強会は

第21回稚魚の会・歌舞伎会合同公演(研修修了生と名題下)8/13~17@国立劇場小劇場
第25回上方歌舞伎会(「若鮎の会」を中心に関西系の若手)8/22、23@大阪国立文楽劇場

公演日数が少なく、小さな劇場を使うこともあり、
チケットはすぐに売り切れてしまうものが多いです。

日ごろはなかなか回ってこない大役の勉強の場として、
出来栄えよりも挑戦、努力が目的の公演ですが、
伸び盛りの若手ならではの輝きを目にする好機であり、
なによりファンにとっては貴重な時間となることでしょう。

京都南座で公演中の三月花形歌舞伎に行ってまいりました。

何回かに分けてレビューを掲載いたします。
まずは昼の部冒頭の「矢の根」から。

これは市川團十郎歌舞伎十八番の1つです。
歌舞伎十八番の演目を、
市川團十郎家(=成田屋)以外の役者が演じるときは、
必ず成田屋さんのところに許可を得に行くしきたりとなっています。

「矢の根」は典型的な荒事(あらごと)です。
歌舞伎といえばあれ、という、赤い隈取(筋隈)。
かつらはドレッドヘアの各ドレッドをそれぞれ固めて立たせたような「車鬢(くるまびん)」。
そう、
今「スズキの軽」のCMに市川猿之助が荒事スタイルで出ていますが、
まさにあんな恰好です。

ビジュアルをイメージしていただいたところで、
もう一つ、
主人公の「曽我五郎」は、あの作品にもこの作品にも出てくる有名人!
富士の裾野で仇討をした曽我兄弟の弟のほうで、
喧嘩っ早く、乱暴、でも早くに親を亡くした悲しみがあって、
やんちゃで子供じみているが、
一方でまっすぐなところもあり、憎めないというのがキャラクターです。
スサノオ的、といえるかもしれません。

それにひきかえ兄の十郎は、
女方が務めることの多い、分別はあるけれどちょっとなよっとした男性。
あまり目立たないけど、世の中や分別をよく理解して、
結局次男の粗相をあやまったり尻拭いしたりする。
「お兄ちゃんはいつも優しいね」みたいな役回りです。
長男が優等生タイプ、次男は自由奔放、いたずらっ子だけど人気者、というのは、
いまも「あるある」の設定で、共感する人、多いのではないでしょうか。

ちょっと乱暴なたとえですが、
刑事ドラマ「相棒」の右京さん(水谷豊)が十郎で、
亀山さん(寺脇康文)が五郎、みたいな感じ。

そんなイメージで、
「矢の根」そのもののストーリーを見てみましょう。

ストーリーといっても、荒事の典型なので、筋は簡単です。

まず「曽我兄弟」が出る話は、必ずどこかで「敵討ち」がからみます。
これ、お約束。その上で…。

「矢の根」はお正月にちなんだお話です。

五郎はお年賀訪問を受け、「七福神」の絵をもらいます。
いい初夢を見ようと縁起のよいその絵を枕の下に敷いて寝ると、
兄の十郎が夢枕に立ち、
「敵の工藤佑経の館に捕えられているから救いにきて」と言って消えます。
目覚めた五郎、兄の一大事!とばかりに家を出ようとすると、
そこに大根を積んだ馬が通る。

亀山刑事が通りすがりの一般人のバイクをつかまえ、
それに乗って、逃走中の犯人を追う、みたいな感じで、
五郎は馬の背の大根をバサッと切って落とし、自分が乗ってしまいます。
馬士はもちろん大迷惑ですが、
五郎は「乱暴者だけど憎めない」キャラだから、観客も
「かーめーやーまー!」もとい「あーあ、ゴローちゃん、またー」と、
ここは眉をひそめず笑って楽しむところ。
五郎は馬に乗って花道を去っていきます。

この「馬に乗って去っていく」ところ、歌昇が本当に立派で、
きびきびとしてスピーディー。
馬の脚を演じた2人は大変だったと思いますが、
3人のチームワークがよく、本物のような動きでした。

荒事は無邪気な子どもの心で演じよ、と言います。
子ども=「無邪気」=邪気がない=神聖な存在で、
江戸の守り神としての成田屋が、「邪気を払う」のです。
乱暴なことが、ここでは逆に、「正義の味方」としての力になります。

歌昇の五郎は筋隈美しく、声は轟き演技が大きく
そうした「無邪気さ」と「恐ろしさ」を併せ持って
素晴らしかったと思います。

思わず、團十郎さんの舞台を思い出しました。

今回南座で一番の出来だと思います。

公演の詳細はこちらからどうぞ。

今月は京都南座でも歌舞伎公演があります。
「三月花形歌舞伎」で、
1月に「浅草新春歌舞伎」の成功で注目を浴びた
若手中の若手たちが活躍します。

私が特に注目しているのは
昼の部では「鳴神(なるかみ)」。
松也の鳴神上人に米吉の雲絶間姫(くものたえまひめ)のコンビというだけで
わくわくします。
ある意味、浮世離れしたお坊さんを落とす峰不二子、みたいなお話なので、
そこがエロ過ぎず、でも色っぽく、それでいて格調高く、大きく演じられるか、
ぜひ観てみたいです。

ほかに「矢の根」と「流星」。
「矢の根」では荒事を極めたいという歌昇に注目。
「流星」は、急逝した父親に捧げる巳之助の舞を応援したい。

夜の部は、「弁天娘女男白浪(べんてんむすめ・めおのしらなみ)。
いわゆる白浪五人男です。
若手がずらっとならぶところ、華やかでしょうね。
(3/1の出演者による清水寺参拝は、 
 スーツ姿のイケメンたちが、
 雨のため番傘もっての勢揃いでした!)
松也の弁天小僧も、
美しい娘姿と見顕し以後の不良少年姿、
どちらもカッコいいでしょうねー。


詳しくはこちらのサイトでご確認ください。
http://www.kabuki-bito.jp/theaters/kyoto/2015/03/post_44-ProgramAndCast.html

歌舞伎座は、
松竹座から1日遅れて今日が初日です。

昼の部は
「吉例寿曽我(きちれいことぶきそが)」「毛谷村(けやむら)」
「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」と
名作が目白押しです。

私がもっとも楽しみにしているのは「積恋雪関扉」
小野小町姫/傾城墨染実は小町桜の精の菊之助。
舞踊の大曲ですから、舞の名手としての菊之助をじっくり味わいたいです。

「吉例寿曽我」はオールスターキャスト勢揃いで見ると華やかですが、
今回はぐっと若返っています。
存在感と憎々しさ抜群の中村歌六が工藤祐経なので、
びしっと場を引き締めて統率してくれることでしょう。
荒事が好き、という中村歌昇の曽我五郎が楽しみ。
一方
「毛谷村」は菊五郎/時蔵の鉄板で、安定感抜群。
大人の芸が観られますね。

私は「彦山権現〜」のお園という女性が大好きです。
講座でも取り上げましたが、
男に生まれたかったデキる女のプライドとか、
長女だからすべての責任をとろうとしてしまうところとか、
本当に感情移入できちゃう女性です。
「毛谷村」の段だけだとなかなかわからないですが、
そういう性格を、
時蔵さんがうまく浮かび上がらせてくれることでしょう。

夜の部は
「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」と
「神田祭」「筆屋幸兵衛」。

「一谷嫩軍記」は、
よくかかる「熊谷陣屋」ではなく、その前段の「陣門」と「組打」が出ます。
「組打」は、
「平家物語」にある、波打ち際で熊谷直実が敦盛の首を取る場面です。
美しい若武者姿も一見の価値あり。

「神田祭」は江戸っ子のいなせぶりを理屈抜きで楽しんでください。

逆にホネのある物語が好きな方には「筆屋幸兵衛」
明治維新で落ちぶれる元武士とその家族の運命を描く
河竹黙阿弥の作品です。
こういう心理ものでは、
シェイクスピアなどの舞台も数多く踏んだ松本幸四郎が
役柄に深い陰影を刻みます。

詳しくは、こちらをどうぞ。

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