仲野マリの歌舞伎ビギナーズガイド

一度は観てみたい、でも敷居が高くてちょっと尻込み。 そんなあなたに歌舞伎の魅力をわかりやすくお伝えします。 古いからいい、ではなく現代に通じるものがあるからこそ 歌舞伎は400年を生き続けている。 今の私たち、とくに女性の視点を大切にお話をしていきます。

講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を
東京・東銀座のGINZA楽・学倶楽部で開いています。
歌舞伎座の隣りのビル。
窓から歌舞伎座のワクワクを感じながらのひとときをどうぞ!
これまでの講座内容については、http://www.gamzatti.com/archives/kabukilecture.html
GINZA楽・学倶楽部についてはhttp://ginza-rakugaku.com/をご覧ください。

タグ:中村壱太郎

「鳴神」はマジメで純粋培養型の高僧・鳴神上人のもとに、
女スパイが送り込まれるお話です。
彼女のミッションは上人を色香で惑わせ、
上人が封じ込めた龍神を解き放って雨を降らせ、日照りを終わらせること。
俗にいう「ハニートラップ」ですね。
絶世の美女・雲の絶間姫は、
裾をからげて白い足を見せたり艶っぽい話をしたりするので、
免疫のない上人は気もそぞろ。
すかさず女スパイは苦しがり
「胸をさすって」と上人の手をとって襟元から奥へとすべらせるのでした。
人を疑うことを知らない鳴神上人は本気で彼女を心配し、
「ここか? ここか?」と胸をさするうち、
「自分の胸にはないふくらみ」を感じてハッと飛びのきます。
果たして上人は、
二つの「ふくらみ」を忘れ煩悩を振り切ることができるのか? 
はたまた女スパイのハニートラップが成功するのでしょうか?
詳しくは→ 

松竹座に遠征し、夜の部を観てきました。
もっともすばらしかったのは、「帯屋」だと思います。
坂田藤十郎、中村扇雀、中村壱太郎。(壱太郎の父・鴈治郎は歌舞伎座出演)
三世代全員、皆浄瑠璃が身体に染みていて、安心して観ていられます。

隣りの女の子を悪い男からかくまってあげる、くらいの気持ちで
旅先の宿で自分の布団に入れてしまった長右衛門。
自分の懐に入って身を震わせる若い娘のいい匂いに
「その気」はなかったはずだけど、気がつけば本能が先走ってしまい・・・。
でもそのツケが、5カ月後の「腹帯」となってつきつけられる。

壱太郎のお半と、藤十郎の長右衛門が、ひっしと抱き合うところ、
おじいちゃんと孫の少年が顔寄せて抱擁なんて、普通ならキモいくらいですが、
もう切なくて切なくて。もう二人とも、行きどころがないんだよね。
壱太郎の可憐さも捨てがたいが、
我慢に我慢を重ねる藤十郎が、輪をかけていい。
男の「しまった!」っていう、ずるさと、責任感と。
そして恋心も妻とお半を行ったり来たり。これぞ和事。至芸です。

壱太郎はお半と丁稚長吉の二役。
この長吉がまた抜群で、愛之助とのコミカルなかけあいでは、
最初場面を引っ張っていた愛之助が、義太夫にのって調子を上げる壱太郎にだんだん引っ張られていく。
つくづく、成駒家の至芸を思い知りました。

今月の松竹座は、
昼が「鈴ヶ森」「雷船頭」「ぢいさんばあさん」、
夜は「 絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)」の通し狂言です。

夜の「絵本合法衢」では
先月、「新薄雪物語」の「花見」で
悪人・秋月大膳をスケール大きく演じた片岡仁左衛門の
悪人二役を演じ分けるところに注目。
その仁左衛門、
昼の部「ぢいさんばあさん」では、
まっすぐながら気短なため一生を棒に振ってしまった青年と、
その彼が苦難を越えてまるくなった老年とを演じ分けます。
泣けますよ、「ぢいさんばあさん」。
愛する夫の不在をひたむきに生き、再会を夢みる女性・るんを
時蔵が演じます。
その時蔵、「絵本合法衢」ではうんざりお松。
上品な武家の若妻るんと対照的に悪婆! 昼夜で女方の両極端を見せてくれます。
ほかに時蔵は「雷船頭」でいなせな踊もりも。

今月は、国立劇場にも大きな注目が集まっています。
女方として人気・実力とも評価の高い尾上菊之助が、
これまでに演じたことのないタイプの立役(男の役)に挑戦。
「義経千本桜」の「渡海屋(とかいや)・大物浦(だいもつのうら)」の
通称「碇知盛」です。
屋島の戦いで義経に追い詰められ、
死しても絶対に自分の首をとられまいと
碇を自身の体に巻きつけて入水していったとされる
勇猛な平知盛の最期を描いた作品です。

この「碇知盛」は、菊之助にとって舅である中村吉右衛門の当たり役。
菊之助はいったいどんな知盛を演ずるのか、
彼の目指す知盛はどんな人物なのか、
その目指すところまで、楽日までに到達できるのか、
さまざまに興味をかきたてる演目です。
こちらも3日からですが、歌舞伎座なみにチケットは完売。
普通の興行ではなく「歌舞伎鑑賞教室」で、
梅枝の内侍の局、萬太郎の義経、
亀三郎の相模五郎、尾上右近の入江丹蔵と
いずれも若手が大役に挑戦。
弁慶は市川團蔵で、脇を固めます。

詳しくはこちらから。


ほかに、巡業の東コースが松竹大歌舞伎
「中村翫雀改め四代目 中村鴈治郎襲名披露」。

「双蝶々曲輪日記」のうち「引き窓」と「連獅子」に
「口上」があります。
「引窓」は玩辞楼十二曲の一つ。
南与兵衛(南方十次兵衛)の鴈治郎のほか、
女房お早に中村壱太郎、濡髪長五郎に尾上松緑が扮します。
「連獅子」は、中村扇雀と虎之介の親子獅子です。
亀寿と亀鶴の宗論も楽しそうですね!

巡業ですので、各地で上演します。
会場や日時はこちらでお確かめください。

同じ巡業でも
東コースが上方成駒家なら、
中央コースは江戸の成駒屋。
中村橋之助一家が中心です。
「天衣紛上野初花」の「河内山(こうちやま)」と
「藤娘」「芝翫奴(しかんやっこ)」。
児太郎が藤娘を、国生が芝翫奴を踊ります。

会場や日程はこちらにて、必ずお確かめ下さい。

「寺子屋」は、
源蔵が道真(=菅丞相:かん・しょうじょう)の息子である菅秀才(かん・しゅうさい)を
我が子と偽ってかくまっている細々と営む山間の寺子屋でのお話です。

なぜ平安時代の人間のお話に寺子屋なのか、については、
「菅原道真の時代に寺子屋はあるか?」をお読みください。

また、
どうしてかくまっているのか、など前段のお話は、(3)の「筆法伝授」をお読みください。

このお話は、詳しくあらすじを書きません。

なぜなら、サスペンスだから。

ネタバレしたら、つまらないから。

何度も観ている歌舞伎ファンならともかくも、
歌舞伎ビギナーズ、
すべてわかってしまったら
たった一度の「初めての衝撃」がなくなってしまいますから。

「菅原道真の時代に寺子屋はあるか?」にも書きましたが、

「京都殺人案内・山間の塾殺人事件~元エリート校教師、新入生を殺す
やむにやまれぬ子殺しの理由と衝撃のラスト! せまじきものは宮仕え」

みたいなお話です。
ちょうど2時間ドラマ1本見ると思ってください。

今回は終盤、
源蔵(尾上松緑)の「殺気」がすごかった。

まずは、
寺入り(新しく入塾)してきた寺子(てらこ・生徒)小太郎を迎えに来た母親(片岡孝太郎)と。

隙あらば、と孝太郎に背後からにじり寄る松緑のすり足。
何も感じていないような顔をして、体中をセンサーにする孝太郎。
まるで武士と武士との一騎討ちを見るかのごとき緊張感に、
思わず息を詰めて目を見張る。
刀を振りかざした男が、文箱一つで立ち向かう女に一瞬たじろぐ、
そこに「戦い」のリアリティを見ました。

こうした命のやりとりの真っ最中に乱入してきたのが、
松王丸(市川染五郎)。
時平の手下であり、さっきまで自分たちを蹂躙していた松王丸の登場で、
源蔵は一騎討ちの興奮状態に凄まじい怨念も加わって、
凄まじい勢いで松王丸に飛びかかっていきます。
松王丸は、そんな源蔵を制しつつ、
大小二本の刀を源蔵の前に放り出し、自らのホールドアップを伝え、
とにかく話を聞いてくれ、と源蔵にひれ伏す。
それでも訳がわからない源蔵は、
いつでも松王丸を討ち取れるよう、腰をうかして膝をつき、
右手に持った刀をまっすぐに立てて持って臨戦態勢。

しかし松王丸の述懐を聞くうち、
ある事実が絶対であると悟ったときに、
源蔵松緑は、全身の力を抜き、刀を置き、
たすき掛けにした紐を肩からほどき、
居ずまいを正して正座するのです。

源蔵も松王丸も、
主であって主と言われぬ菅原道真に対し、
不忠者と烙印を押された忠義者同士。
いずれも「不忠者ではない」証を立てんがため、
何の罪もない子どもが犠牲になる。
ラストシーンは、
殺した夫婦が右に、殺された夫婦が左に、
それによって助かった親子が頂点に立って幕となります。

「清廉潔白」な菅原道真を讃える物語は、
彼の「非の打ちどころのなさ」を守るために、
どれだけの人々が不幸になったかを観客の胸に突き刺して終わります。

つまり、
せまじきものは、宮仕え。
天神様の話のようでいて、しわ寄せを食らうしもじもの、弱者の話なのであります。

歌舞伎の世界では、
坂東玉三郎や片岡愛之助など、
芸養子、そして本格的な養子となるケースがあります。
中村吉右衛門も、
松本幸四郎と兄弟ですが、
高麗屋に嫁いだ母が実家の播磨屋を継がせるため、
祖父の養子に出したのです。

このような特殊な世界でなくても、
世の中には
生みの親以外の親を持つ人はけっこういるのではないでしょうか。

生さぬ仲といえばシンデレラを代表とする「継子いじめ」が
物語の定番ではありますが、
実際はお互いに一生懸命愛そう、愛されようとする方が多いはず。
ただその一方で、
育ての親にどんなに愛されても、
養子には幾分の遠慮がついてまわるもの。
母親を早く亡くし継母に育てられた私の友人(男性)は、
小学生の頃から下着と靴下は自分で洗っていたといいます。



苅屋姫(中村壱太郎)は、菅丞相(片岡仁左衛門)の養女です。
桜丸夫婦の手引きで、
加茂堤で17歳の斎世親王と牛車の中で密会するという
世間知らずだからこその大胆行動が、
完全無比の菅丞相追い落としのための口実となり、
図らずも養父を流罪、お家断絶の危機にさらしてしまいます。

養父に合わせる顔のない苅屋姫は、
養父に一目会いたい、会って詫びたいと思いながらも
京の都の菅原邸には戻らず、
生みの親がいる河内の国の実家に身を寄せます。

「お母さん、どうしよう…」

実母は菅丞相の伯母・覚寿(片岡秀太郎)。
かくしゃくとした老女は、実の娘の犯した大失態を許しません。
養子とは、まず家の存続が最大の目的。
それなのに、養子に出した娘が、
甥の家を潰す原因になってしまった。
それも天下の右大臣の菅丞相の家を…。

申し訳が立たず苅屋姫を受け入れない実母覚寿に対し、
姉・立田の前(中村芝雀)は優しく妹をかくまい、なにくれとなく面倒をみます。
ところがその立田の前の夫は、
立身出世を望み、
流罪が決まった菅丞相を捨てて藤原時平に加担。
都から流される途中、汐待ちの間に覚寿の屋敷を訪れた菅丞相の
奪取暗殺計画を謀ります。
それを知った立田の前は、
何とか夫を思いとどまらせようとするのですが…。

「道明寺」とは、そんな物語です。

一番の見どころは、菅丞相を形どった「木彫りの人形」が、
菅丞相の代わりとなって立ち現れるところを、
人間である片岡仁左衛門がどう演じるか。

もともと「人形浄瑠璃」が原作なので、
人形ならなんでもないところですが、
歌舞伎では生身の人間が演じるわけで、
舞台上の登場人物と同じように観客も騙されるような、
高度な演技が求められます。

感情を持たない木偶人形と、
感情を押し殺した清廉かつ冷徹な政治家の顔と、
養女・苅屋姫を愛しみ別れに涙する養父の顔と、
様々な顔を見せ、
すべてを「菅丞相」という一つの人格に統合し、
さらに、やがて「天神様」となる人の神々しさを醸す。

現在、
この役ができるのは片岡仁左衛門だけ、と誰もが思っています。
彼が演じられなくなったら、
「道明寺」はもう上演できなくなるのでは?と危惧するほどに。

そんな今月昼の部。
千秋楽まであと数日です。
幕見も盛況で連日立ち見が出ています。
お時間が許せば、ぜひこの機会をお見逃しなく!

どちらかというと動きの少ない演目ですが、
緊張の続く中、
行方不明の立田の前探索で大活躍する奴宅内役の愛之助が、
人形浄瑠璃のチャリ場(コミカルな場面)の雰囲気をよく出して好演。
観客の重い空気をほぐしてくれます。

昼の「筆法伝授」、夜の「寺子屋」も大好きです!
これについては、また日を改めて。

↑このページのトップヘ