大阪の松竹座昼の部で、「ぢいさんばあさん」を幕見しました。
歌舞伎座のさよなら公演で観た片岡仁左衛門x坂東玉三郎コンビでの感動があまりに強すぎて、
そのとき以来、ほかの配役でこの演目が上演されても、
食指が動かず観劇を故意に避けてきました。

久々に片岡仁左衛門の伊織に会える!

期待いっぱいに席に着きました。

武士の夫婦としてはありえないくらい、
あけっぴろげにラブラブな二人を見るにつけ、
この二人の行く末を知っているだけに3分もたたないうちに涙腺が熱くなり・・・。

京都に単身赴任する夫・伊織に
面と向かって「私、さみしい」と言えない若妻るん(中村時蔵)が
抱っこした生まれたばかりの乳飲み子に
「お父様は遠いところにいくんですよ。さみしいけれど、二人でお留守番しましょうね」と
自分に言い聞かせるように言う場面。

それを聞いた伊織が庭に降り、
るんに背中を向けながら桜の木を抱いて、
「来年の春には満開の桜を見せてくれよ、きっと帰ってくるから」と
本当は背中を向けたるんに向けての「待っててくれよ」を口にする。

それが帰ってこれない・・・と、知ってる身の上としては
前半も前半、最初のところですでに滂沱。

ところが。

新しい発見もありました。
ラブラブな二人の関係に何かを水を差す役まわりの下嶋の人となりです。

別れを惜しむ伊織夫婦にいとまを与えまいと、
一緒に京都に赴任するのというのに、
もっと碁につきあえとせがむ下嶋(中村歌六)。
「俺なんか、うるさい女房と離れられてかえってさっぱりする」というセリフが
非常に胸にささる。
同じ境遇でありながら、夫の単身赴任をそれほど寂しがってくれない奥方との
寒々しい下嶋の家庭が目に浮かぶようです。

京都に行っても
自分から30両という大金を借りて名刀を手に入れながら、
その名刀のお披露目の宴席に自分を呼ばない伊織に
「それは筋が違うだろう」はごもっとも。
その上「お前はオレのことが嫌いなんだ」と言うと
「なーんだ、知っていたのか。実はそうなんだ」みたいに
あっさり「お前が嫌い」を告白する伊織の天然ぶり!

正直すぎるところを「かわいい」「そこがいいところ」と好かれる伊織と、
正論を言っても「しつこい」「やなやつ」と疎まれる下嶋。

今までイヤな奴だと思っていた下嶋が、
急にかわいそうになってきました。
そう、「眠りの森の美女」で王女誕生の祝宴にハブられた
魔女マレフィセントを思い出した。

仁左衛門による伊織の人物造形は、
単なる「いい人」ではありません。
「昔はヤンチャしてた短気な男だったが、美しく優しい女と出会って身を改め、
 子どもも生まれていよいよこの幸せな生活を守りたいと、
 争いごとを好まぬ男になった。
 でも、あまりにネチネチと非をあげつらわれ、思わず昔のくせが出て・・・」

「事を成し」てしまった後の伊織の目は、
江戸でるんに目㞍を下げていた伊織とは別人のように鋭く、
そして自分のやってしまったことへの後悔で漏らす
「うううううううううううう!」という叫びのならぬ叫びは、
満場に響き渡り、伊織の無念さが観客の胸に突き刺さります。

ティボルトを刺してしまったロミオのような感じですね。

後半はほのぼのとした中に、
やはり「坊は・・・」のところで感涙。
それとともに、
伊織単身赴任のもとをつくってしまったるんの弟・久右衛門(中村錦之助)が
姉夫婦が戻るまで家を守り通してきたその思いや
久右衛門の死後も父の遺言に従いそのまま家を守ってきた若い息子夫婦が
いよいよ家を明け渡すときの心情が
中村隼人と中村米吉によって鮮やかに語られます。

仮の住まいとはいえ、大切に住まってきた家を去るさびしさを吐露していた若妻が
最後に
「これから(新居で)私たち二人の本当の生活が始まるのですね」と
高らかに宣言するところが、今回はツボでした。
いつ元の家主がお帰りになってもいいようにと言い付けられ、
古い家だけどリフォームもできず、おそらくは置物の位置も変えず、
完璧な掃除を心がけた若妻のストレスとか、
もういろんなこと考えてしまいました。

ほのぼのとして、思わず顔がほころんでしまい、
そして涙が止まらない、
人の心に寄り添ったやさしい物語です。

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