歌舞伎には「物売り物」というジャンルがあります。
物語の中に入れ込んだり独立したお芝居にしたり、所作事として舞踊仕立てたり。
今月放送の「団子売り」もそうした夫婦の物売りの一つです。
「団子売り」といっても出来上がった団子を並べて売るのではなく、
杵と臼とでその場で餅をつき、できたての団子をふるまう、
いわば「実演販売」の物売り。
一方で、
「男の杵と女の臼で(団)子をつくる」つまり、
男女の営みから子どもができることを隠喩した、
多産と豊穣を寿ぐ縁起物の踊りでもあります。
夫婦で仕事に精出して、疲れたらちょっと休憩、
おかめとひょっとこのお面をかぶって遊び、
仕事が終わったらまた次の街へと流れていく……。
どこにでもある日常を切り取っただけなのに、味わい深く感じられるのは、
そこに芸と艶があるからですね。
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泉鏡花の世界@ちょっと幕間
坂東玉三郎は
泉鏡花幻想小説の舞台化・映像化をライフワークとしています。
鏡花作品の品格や美意識を舞台化するときに発揮されるのが、
玉三郎の発想の斬新さ・表現の自由さ。
ときに「これこそ歌舞伎」という観客の固定観念をも飛び越えていきます。
たとえば
『海神別荘』の登場人物はほぼ洋装。
『天守物語』では姫路城の天守閣内部を4本の柱のみで表現。
現代劇にも通じるような何もない空間は、
俳優にとって力を試される場にもなりました。
『高野聖』では終演後の舞台に6台のカメラを入れ、
昼間の森もロケーション映像を挿入するなど、
映像でしか表せない方法で臨場感を出しています。
坂東玉三郎という最高の理解者が「翻訳」してくれるおかげで、
私たちはともすれば難解でとっつきにくい泉鏡花の作品の
本質に触れることができるのかもしれません。
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若手の活躍がまぶしい新春浅草歌舞伎
「お正月の歌舞伎」として定着しているのが、
1月に浅草公会堂で開催される新春浅草歌舞伎。
浅草は江戸時代、その一角に芝居小屋が集められた歴史があり
(猿若町の江戸三座=市村座・中村座・守田座)、
歌舞伎と縁の深い土地柄なのです。
新春浅草歌舞伎のもっとも大きな特徴は、
主役を含め出演する俳優を若手でかためているところ。
歌舞伎は長い修練を積んで一人前となる芸能なので、
「大歌舞伎」と銘打った歌舞伎座公演では主役を務める機会が
若手にはほとんどまわってきません。
彼らがふだん「やってみたい」と思う有名作品の大役に挑む場の一つとして、
新春浅草歌舞伎は定着してきました。
サッカーでいうと、
ワールドカップ代表が幹部、オリンピック代表が花形、といったところでしょうか。
次のオリンピックを見据えてU-19クラスに光る選手を見つけるのと同じワクワク感が、
若手中心の新春浅草歌舞伎にはあります。
「だんまり」@「ちょっと幕間」
とりあげるのは「だんまり」です。
「暗闇」という場面設定を知らないと、ちょっとこっけいなスローモーション。
ルールを知ると、場面の必要性がわかってきます。
詳しくはこちらへどうぞ!
http://www.eigeki.com/special/column/kabukisaika_n18
歌舞伎に出てくる「仮名」の読み解き方
登場人物が仮名のときの読み解き方をお話しします。
小田春永
此下東吉
これ、だーれだ?
どうして、実名じゃないんでしょう?
http://www.eigeki.com/special/column/kabukisaika_n12