仲野マリの歌舞伎ビギナーズガイド

一度は観てみたい、でも敷居が高くてちょっと尻込み。 そんなあなたに歌舞伎の魅力をわかりやすくお伝えします。 古いからいい、ではなく現代に通じるものがあるからこそ 歌舞伎は400年を生き続けている。 今の私たち、とくに女性の視点を大切にお話をしていきます。

講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を
東京・東銀座のGINZA楽・学倶楽部で開いています。
歌舞伎座の隣りのビル。
窓から歌舞伎座のワクワクを感じながらのひとときをどうぞ!
これまでの講座内容については、http://www.gamzatti.com/archives/kabukilecture.html
GINZA楽・学倶楽部についてはhttp://ginza-rakugaku.com/をご覧ください。

カテゴリ: レビュー

長らくブログ更新ができず、すみませんでした。

2月の初旬から風邪気味だったのを忙しさに取り紛れてこじらしてしまい、
月末から寝込んでしまいました。
これからはカラダを大切にするぞ!…と誓ったものの、

チケットとったからには観劇しなくては!と1週間後からまた怒涛の生活。
お仕事のほうも月末に向けていろいろあり、
ブログの更新がまったくできないまま本日を迎えてしまいました。

まずは
25周年を記念して4月1日にリニューアルされた衛星劇場HPで
番組紹介コーナー「歌舞伎彩歌」を担当することになったご報告から。

歌舞伎チャンネルを引き継いだ衛星劇場が放送する歌舞伎番組から
放送日程に合わせて注目番組を紹介するコーナー
「今月のこの場面、あの場面」と
月に一度、歌舞伎にまつわるトピックスをとりあげて語る
「ちょっと幕間(まくあい)」を執筆します。

どうぞよろしくお願いします。

第一回は片岡仁左衛門主演の「一條大蔵譚」について。
「清盛を欺いた男~阿呆のふりをしてでも生き抜くぞ!」です。
http://www.eigeki.com/special/column/kabukisaika_n01

第二回は、新春浅草歌舞伎から「三人吉三」。
こちらは4月12日に記事が公開される予定です。

2月の歌舞伎座昼の部は通し狂言「新書太閤記」です。
天下人・豊臣秀吉の生涯を描いた吉川英治の「新書太閤記」をベースに、
今回は
まだ独身時代の藤吉郎が妻ねねを娶るあたりから、
本能寺の変、中国大返し、清州会議までを
場面場面を押さえる形で駆け抜けていきます。

見どころは、尾上菊五郎の木下藤吉郎。
何がすごいって、その姿の若々しいこと!
出てきたそのときから「まだ若い頃の秀吉だな」とわかります。
「猿」と呼ばれて蔑まれ、ときに命の危険にさらされながらも、
機知に富んだやりとりと、憎めない人懐っこさを武器に、
時に直球、時に変化球で人々の信頼を得ていくさまを、
朗らかに、闊達に、魅力的に演じていきます。

織田信長役の中村梅玉が、鋭い中にも柔らかな情を見せ、
気丈な妻(尾上菊之助)と交わす最期の言葉にはジーンときます。

逆に明智光秀役の中村吉右衛門は、
信長の叡山焼討を必死でくいとめようとする武士の気迫がすごい。
それがかなわなかった後のぞっとするほど思いつめた表情のみで、
「敵は本能寺にあり」への決意をのぞかせます。

「歌舞伎」というと、隈取でたっぷり見栄を切ったり六方を踏んだり、と
いわゆる「荒事(あらごと)」を想像する方が多いと思いますが、
そのジャンルは多岐にわたります。
「映画」とひと口にいってもいろんなジャンルがあるのと同じ。

今回は「時代劇」に近い舞台として楽しめます。
よく知られたエピソードがちりばめられていますし、リラックスして観てください。
時代背景的にはちょうど今NHKで放送中の大河ドラマ「真田丸」とかぶりますね。

言ってみれば、
1年かけてやった大河ドラマを年末に「総集編」としてまとめたような感じなので、
ちょっと駆け足すぎるかなと思う場面や、ブツ切れ感もなきにしもあらず。
でも、歌舞伎は「場面」で見せるお芝居なのです。

その「場面」の中で、私が思わず涙したのが藤吉郎とねねの婚礼の段。

藤吉郎とねねの婚礼の日に、
友人の前田利家が藤吉郎の母を連れてきます。
母が「お前がこんなに立派になったら、私の私が百姓では恥ずかしかろう」というと、
藤吉郎は「そんなことない。いつだって自慢のおっかさまだ」と言うところでは、思わず涙。
その一場面しか出てこない母役・中村東蔵のすべてを包み込むような優しい声が、
「子を思う母」代表をしっかり務めて観客の心をわしづかみにしました。

主人公だけでなく、脇役の心もしっかり描いているところに
歌舞伎舞台の力があるんですよ!

昨日の歌舞伎座夜の部「籠釣瓶花街酔醒」は、
背筋がゾクゾクとなって震えるほど素晴らしい舞台でした。

「籠釣瓶花街酔醒」は
田舎から出てきた商人・佐野次郎左衛門が吉原の花魁・八ッ橋に魂を抜かれ、
入れ揚げたものの最後は皆の前で縁切りされて恥をかかされて恨みに思う話で、
花魁道中の華やかさ、廓遊びの楽しさなど浮き立つ場面も多く、
好きになってくれていると思った人からこっぴどく振られる辛さや、
好きな人に心変わりをしたなと責められる苦しさ、
皆のことを慮って振舞っていたのにそれがまったく評価されていないことへの憤りなど、
現代の私たちでも経験する感情がちりばめられていて、
歌舞伎ビギナーにもお勧めの演目です。
シネマ歌舞伎にもなっていて、こちらは玉三郎/勘三郎/仁左衛門の鉄板キャスト。
でも、
今回の菊之助/吉右衛門/菊五郎は、新たな「伝説の名舞台」になる予感満載です。

菊之助の八つ橋は、前回菊五郎の次郎左衛門で観ていますが、
そのときの、いわば楷書の硬さが消え失せて、美しさの中にも熟れて爛れた空気をまとい、
まったく違う八ッ橋像を打ち出してきました。
同じ人がこんなに違う表現ができるなんて、人間の潜在能力の高さに驚愕。
というか、菊之助、1月は立役で大立ち回り、2月は女方でバージョンアップ、
そして4月は「女殺油地獄」の与兵衛を初役、と、どこまで行くんでしょうか??
これからの歌舞伎を牽引してくれる、歌舞伎を体現してくれる、
素晴らしい努力と才能の人です。

吉右衛門の佐野次郎左衛門がまた凄い。
疱瘡の跡がひどくて顔にコンプレックスのある自分が、
金さえ積めば(そして廓のルールにのっとって上客になれば)
あの八ッ橋を自分のものにできる、と思ったそのときの顔!
最初の見染めの場面、ただ一目ぼれするだけでなく、
こんなに心の奥底にあった欲望が立ち上ってくるのを観たのは初めてです。

その後も人間の心の襞を丁寧に数えあげるような緻密な演技に脱帽。
「もしやあの超イケメンが八ッ橋の間夫では?」と思ったときの動揺。
なじられてもこづかれても、「ちがうよね、虫の居所悪いだけだよね」と
自分が嫌われているということに気づかないふりをしようとする弱者の哀しさ、
決定的な理不尽さに憤るどころか、周囲を気遣い怒りを呑みこみ、
薄笑いをうかべて小声でつぶやく「そりゃああんまり・・・つれないじゃないか」の痛切さ・・・。
そして何より、
最後の場面で、妖刀に取り憑かれたかのごとく別人格が立ち現れる不気味さ!
人間の弱さ哀しさ無念さを知り尽くしていなければ絶対にできない至芸です。

その上菊五郎が、これまでに見たことないような栄之丞を演じてびっくり!
間夫の栄之丞は、いわゆるヒモですが、
こちらは八ッ橋とは逆に、まったく爛れた感じがないのです。
「素人のときから契った」つまり、女郎に売られる前からの恋人だ、ということが、
(おいおい、その恋人に借金させていい生活してたら、いつまでたっても足抜けできないでしょ!)
という、ヒモへの非難めいた感情を起こさせない!
「俺はお前が何でも相談してくれるって信じていたのに、どうして身請けの話が進んでいるんだ?」
「さあ、この起請文を返すから、俺の起請を返せ!」
愛を誓って書いた紙、おそらくは廓に売られる前に書いて交わした起請文を、
そうして肌身離さずもっている栄之丞にけっこうムネキュンだった私。
「八ッ橋が身請けされたらこの生活はできない」なんて打算で縁切りを強要してるんじゃないのね、と
これまで抱いていた「イケメンだけどとんだヒモ」的栄之丞像がぶっ飛んでしまいました。

この溌剌直球間夫を演じるのは実父、イジメラれっ子体質の主人公は舅。
音羽屋と播磨屋の重鎮二人に挟まれて、
堂々と真ん中で舞台を張る菊之助。
3人の緊張感が隙間なくピシッと決めてくれて、観客は息を詰めて彼らを見守るのみです。
花魁の綺麗どころに梅枝、新悟、米吉。米吉がほんのチョイ役というぜいたくさ。
脇には手堅い又五郎、立花屋の主人に歌六、女将に魁春とこれ以上ない布陣。

絶対観るべき舞台です。
まだ初日から何日も経っていないのに100%の完成度。
その上、たった3日の間にもどんどん進化しているというから驚きです。

菊之助、冒頭の花魁道中で振り返り、「艶笑」を客に送るところが最初の見どころですが、
この笑みが何層にも変容していくさまには度肝を抜かれました。 
ほんとに次郎左衛門と同じくらい、口あけて凝視してしまいました。
(艶笑は、昨日はそれまでにないくらい長かったらしい)
そしてラスト、こときれるときがまた、素晴らしい! 
ぜひ、まばたきせずに演技が終わる最後の最後までご覧ください!
 
板の上に立った役者たちがわれこそ主役としのぎをけずり、
さらに、これまで八ッ橋を、次郎左衛門を、栄之丞を演じてきた名優とも競う舞台。
これが、歌舞伎です!
まだこれからでもお席がとれますので、
だまされたと思って行ってみてください。
今回は花魁道中があるので、花道が見える1階席、東席が特におすすめです。
(他の席からでも七三での「艶笑」は見えますが、西席からは見えませんので注意)

1月24日、新装歌舞伎座は初めてとおっしゃるビギナーをお連れして、
歌舞伎座に観劇にまいりました。
昼と夜とどちらのチケットを取るか、考えに考えて、
玉三郎が夕霧太夫を務める「吉田屋~廓文章」の華やかさと、
「直侍」が物語としてわかりやすいかと思い、夜を選択しました。

玉三郎の打掛はほんとに美しくて、3階から見てもため息が出るほど。
わざわざ背中を見せて立って全体を絵のように見せてくれるポーズも
いつもながらハイライトシーンです。

また、
市川染五郎の「直侍」は、文句なしにかっこよかった!
追手がかかる身であり、全身を耳にして周囲に気を配る緊張感、
そんな身の上でありながら、想い人のところへ急ぐ男の恋心。
染五郎、いい役者になったなあ、とつくづく思いました。

思いのほか、といっては失礼ですが、非常に感動したのが
「二条城の清正」でした。
徳川家康に呼び出され、淀城から二条城へと向かう秀頼(松本金太郎)に
何かあってはならない、必ず無事に淀城まで守る、と
老忠臣の加藤清正(松本幸四郎)がつき従います。

妻・千姫の父親、つまり、舅と婿の関係だからこちらから来たが、
本来なら秀頼さまのほうが上である、そこを間違えるな、と
家康の家臣を気迫でけん制し続ける清正と
孫の金太郎を支える祖父としての幸四郎とが二重写しとなって、
ますます感動的でした。

金太郎の幼な顔に役者魂!がこもるようになり、堂々たる出来栄え。
威厳もあるが自らの立場の危うさにも気づいている秀頼の
聡明さと品格とぜい弱さをたたえ、
船のへさきに立って淀城をまっすぐに見る背中に悲運が漂いました。

財布を拾って大儲けとおもったらどうやら夢だったと知って改心した魚屋の、
ご存知、落語の「芝浜」の劇化。
1月2日、NHKで中継もされたのでご覧になった方も多かったのではないでしょうか。
よかったですね~、中車。

俳優・香川照之が、市川中車を襲名したのは、
2012年6月のことでした。
その月は「ヤマトタケル」の父王役と「小栗栖の長兵衛」の長兵衛、
7月は「将軍江戸を去る」で山岡鉄太郎、「楼門五三桐」の石川五右衛門を
それぞれ演じました。

公演が始まって数日経つとすぐに声がつぶれてしまい、
長兵衛や鉄太郎のような、歌舞伎というより時代劇に毛が生えたような役でさえ、
名優香川照之の名が泣くような出来栄えでした。
それでもいい、
だって彼は自分のためでなく、息子の将来のために歌舞伎に飛び込んだのだから・・・・。
・・・当時の私はそんなふうに考えていました。

その中車を、違う目で追うようになったのは、
2015年5月明治座「男の花道」あたりからでしょうか。
歌舞伎というより新派の演目ですが、
素晴らしかった猿之助の加賀屋歌右衛門に負けず劣らず、
中車の蘭方医・土生も存在感を示し、何より声が潰れなかった。
ものすごい進歩だと思いました。
そして
坂東玉三郎を相手に伴蔵を熱演した2015年7月の「牡丹燈籠」。
こすっからい前半も、大店の主人におさまった後半も、しっかり演じていました。

そして昨年暮れの「妹背山婦女庭訓」では
ついに女方に挑戦。短い出番とはいえ、豆腐買いのおむらを違和感なく演じ切りました。
(花道を退場するときの下駄の音だけは、女方の音じゃなかったけれど…)

中車は証明したと思う。
40歳を過ぎてからでも、必死に訓練すれば歌舞伎役者になれるんだ、と。
取り返せない時間などないのだ、と。
もちろん、
彼には無理な役は多々あるでしょう。
でも、得手不得手は誰にでもあります。
歌舞伎には「ニン」という言葉があって、
自分にぴったりの役さえ抜群の出来で演じさえすれば人気者になれる。
オールマイティである必要はないのです。

中車は世話物に自分の居場所を見出しました。
今後新派にもなくてはならない役者となりましょう。
長年の俳優生活で得た役者カンや間合いのセンスが生きる。
主人公を演じる器の大きさを取り戻した。
舞台上での観客との距離感も心得てきた。
きっと時代物にも、いつか「ニン」と言われるキャラクターを見つけることでしょう。
今後がさらに楽しみです。

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