仲野マリの歌舞伎ビギナーズガイド

一度は観てみたい、でも敷居が高くてちょっと尻込み。 そんなあなたに歌舞伎の魅力をわかりやすくお伝えします。 古いからいい、ではなく現代に通じるものがあるからこそ 歌舞伎は400年を生き続けている。 今の私たち、とくに女性の視点を大切にお話をしていきます。

講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を
東京・東銀座のGINZA楽・学倶楽部で開いています。
歌舞伎座の隣りのビル。
窓から歌舞伎座のワクワクを感じながらのひとときをどうぞ!
これまでの講座内容については、http://www.gamzatti.com/archives/kabukilecture.html
GINZA楽・学倶楽部についてはhttp://ginza-rakugaku.com/をご覧ください。

カテゴリ: 今月の歌舞伎

今月の歌舞伎座は、松竹創業120周年と二世尾上松緑二十七回忌追善興行が重なり、
豪華なメンバーによる公演になっています。

昼の部
「音羽嶽だんまり(おとわがたけだんまり)」
「歌舞伎十八番の内 矢の根(やのね)」
「一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)」
「人情噺文七元結(にんじょうばなしぶんしちもっとい)

「音羽嶽だんまり」
は、
尾上松也、中村梅枝、尾上右近、中村萬太郎、中村児太郎と、
若い力で魅せる舞台。
「だんまり」とは、夜の暗闇の中で、誰が誰だかわからない中、
敵と味方が錯綜していくさまをスローモーションで見せるスタイルです。

「矢の根」は、
二世尾上松緑二十七回忌追善狂言。
孫の松緑が主役の曾我五郎を務めます。
曾我十郎役に、坂田藤十郎という、豪華な舞台です。

「一條大蔵譚」
主役の一條大蔵長成が片岡仁左衛門、常盤御前は中村時蔵、
吉岡鬼次郎に尾上菊之助、妻のお京に片岡孝太郎と、
実力者ぞろいの義太夫狂言。
私としては、仁左衛門の大蔵卿も楽しみですが、
菊之助の鬼次郎に注目しています。

「人情噺文七元結」も二世尾上松緑二十七回忌追狂言。
こちらは尾上菊五郎が主役の長兵衛です。
女房お兼は中村時蔵。
菊五郎劇団の世話物でこの二人のコンビですから、
安心してゆったりと楽しめますね。
怪我してしばらく休演していた市川團蔵も、角海老手代藤助で復帰。
うれしいばかりです。
ほかに和泉屋清兵衛が市川左團次、角海老女将お駒が坂東 玉三郎。
脇も、ものすごいキャストで固めています。

夜の部
「壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)」より「阿古屋」と
「梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)」の「髪結新三」

夜の注目は、なんといっても「阿古屋」でしょう!
この演目は大変特殊で、いつでもどこでもできる演目ではありません。
「阿古屋箏責め」といって、
愛人・景清の居場所を白状させるため、遊女・阿古屋は
拷問の代わりに、「箏」「三味線」「二胡」の三楽器を衆目の前で弾かされ、
「居場所は知らぬ」という証言が嘘でないか、心の揺らぎを測られるという場面です。

・・・ということは・・・
阿古屋役の女方は、その三楽器を弾かねばならない。
「口パク」とか「エア」とかなしです。
ちゃんと弾く。それも、上手に弾けなければ、「名手への拷問」にはならないわけで。

歌舞伎俳優は、踊りなどのお稽古と同時に楽器も習いますから、
三味線の上手な人、鼓の上手な人、などなど、たくさんいらっしゃいます。
でも、箏も三味線も、さらに二胡まで弾けて、それも相当の名手、なんていう人はそうそういません。

現在「阿古屋」が演じられる人は、坂東玉三郎ただ一人です。
歌舞伎ファンの間では、

体力も気力も必要な「阿古屋」を、
完璧主義者の玉三郎がいつまで演じるか、そろそろなのではないか、
ということは、今月が、玉三郎の、つまり「阿古屋」自体の見納めになるのでは?
・・・という憶測が、歌舞伎ファンの間でささやかれています。
ぜひ、この機会をお見逃しなく!

もう一つの演目が「髪結新三」
こちらが夜の二世尾上松緑二十七回忌追善狂言で、
新三を孫の松緑が初役で演じます。
孫の左近が丁稚長松。
二人を支える音羽屋の面々がすごい!
チョイ役も含め、豪華すぎる!

髪結新三    松 緑
白子屋手代忠七    時 蔵
下剃勝奴    亀 寿
お熊    梅 枝
丁稚長松    左 近
家主女房おかく    右之助
車力善八    秀 調
弥太五郎源七    團 蔵
後家お常    秀太郎
家主長兵衛    左團次
加賀屋藤兵衛    仁左衛門
肴売新吉    菊五郎

「肴売新吉」って、あの、「カッツォ、カッツォ~!」って
初鰹を売りに来て新三の長屋の玄関先で捌く、あの新吉ですから。
それを大幹部の菊五郎丈がやるんですから!
御馳走役っていうか、もう絶対見られそうにない配役ですよ。

昼の藤十郎丈もそうですが、
追善公演というのは、襲名披露公演と並んで、
「その人(襲名の場合は先代)にお世話になった」という感謝の意味が込められていて
心温まる舞台になりますね。

詳しい情報はこちらをどうぞ。


2015年9月の歌舞伎座は、ほかに
「双蝶々曲輪日記~新清水浮無瀬の場」と
「紅葉狩」

「紅葉狩」は、
更科姫の市川染五郎があまりに美しいので心奪われました。
染五郎の女方には、これまでそれほどピンと来ていなかったので、
こんなにきれいなお姫様になるとは!
それだけでシアワセな感じがしました。
ただ初役ということもあってか、後半は舞踊にほころびがいくつか。
まだお役が完全に手の内に入っていない様子でした。
まだ公演前半なので、後半にかけて成長することでしょう。

山神は松本金太郎。父子共演です。
しっかりと腰を入れて、堂々の山神です。

この「紅葉狩」でしみじみ思ったのが、
歌舞伎というパフォーマンスの懐の深さです。
音楽の重層。
下手に常盤津節、中央に清元節、上手に義太夫節。
場面場面に応じて歌い分け、奏で分け、
そして鬼女が出現してからは三方の大合奏、大合唱です。
こういう言い方が正しいかはわからないけれど、
ロックとフォークと演歌が特徴を出しつつ、でも消しあわず、
一つの世界を全体として構成しているということですよね。
これまでもこういう場面には出くわしていたと思いますが、
場面と歌とのシンクロが素晴らしかったせいか、非常に強く感じました。

「双蝶々曲輪日記~新清水浮無瀬の場」
発端となるところです。
あまり深く考えず、お茶屋遊びや廓の風情を楽しむ一幕。
廓の女が間夫と客とどう付き合い分けているのかを見たり、
廓の女に入れ揚げて、バカな男たちだなー、と思ったり、
そんなことで人を殺しちゃうんだ、とびっくりしたり、
女は愛する人を逃がすためなら何でもやるんだなー、と感心したり、
同じようなモチーフをさまざまな男と女の間で繰り返す遊びの部分があったり、
とにかく、粋な一幕として肩を張らずに楽しんでください。

詳細はこちらをごらんください。

2015年9月昼の部では、
「競伊勢物語(だてくらべ・いせものがたり」が素晴らしい!
何がいいって、
尾上菊之助の信夫(しのぶ)が最高です!

幸せいっぱいの新婚さんのはなやぎ、
夫のためにプレゼントしたい一心で冒険してしまうところ、
すべての罪を自分だけで終わらせるために、
大好きな母親の前で悪い子ぶろうとするが本心ではないところ、
目の前に実の父親が現れてうれしがるけれど、
育ての母を心から愛するところ、
育ての母のためにも父の言いつけに従うも、
親子の名乗りをしたばかりのその父に殺される運命を、
けなげに受け入れるところ・・・。

ジェットコースターな1日を過ごすことになった一人の田舎娘の
心境が手に取るようにわかります。
もう、すべてがパーフェクト!

このところ、「碇知盛」など立役への挑戦が続く菊之助ですが、
女方としての自分の魅力、力量、あるいは女方の可能性に
改めて目覚めたのではないでしょうか。
夜の部「伽羅先代萩」の沖の井とともに、一回り説得力が増したように思いました。
(菊之助の政岡、観てみたいです!)

もちろん、老母の優しさと悲哀を演じたら右に出るものはいない中村東像の母・小由は
今回も絶品です。
なんでこの人は、全身から無垢な母性オーラを放てるんでしょう。
わざとらしさ、たくんだいやらしさがまったくありません。

紀有常がなぜ娘・信夫を殺さねばならないのか、
やむにやまれぬ彼の立場が、今回はあまり丁寧に描かれていません。
だから
左遷されていた辺境の地で土地の女に産ませた娘を気心知れた小由夫婦に預けっぱなしで出世し、
20年も経って「おお、ちょっと寄ってみたけど元気だった? 娘にも会いたいな~」
みたいなことを言って娘に会って、
「僕が血を分けたパパです。君も貴族。ダンナも一緒に出世させるから都においで」と誘い、
でも実は自分の娘として育てているけど本当は主人の娘である井筒姫と似てるからって
姫を窮地から救うために首斬って身替りになれってどうよ?

実はこのとき、有常自体がすでに囚われ人で、
井筒姫の首を持ってくるか監視されている、とか、
そういう背景がわからないと本当にひどいヤツにしか見えないんですが、
それでも吉右衛門が信夫に斬りつけるときの
「ゆるしてくれ!」という叫びには、
有常の苦悩と悲痛のすべてが込められていて、
すでに有常の全身がズタズタで、血がほとばしり出ているようで
私はこの一言だけで、有常を赦せるような気がしてしまいました。

・・・まあ、私がゆるしてもしかたないんですが。
ゆるしたくもないんですが。
それに信夫は、もうゆるしてるし・・・。

でも、実の父だと言われて一緒に来いって言われて、
十二単衣を父の手づから着せてもらって櫛けづってもらって、
いきなり「死んでくれ~!」ですからね・・・。
本当にゆるせるものなんだろうか。
信夫は死罪にあたる罪を犯してしまっていて、捕まれば育ての母にも累が及び、
その連座から抜け出すためにまず母と縁を切るという信夫の側の理由もあったので、
どうせ死ぬなら母に迷惑がかかからない死に方でっていう究極の選択ではあるものの・・・

優しい母がいて、愛してくれる夫がいて、
そんな平凡で穏やかな生活が、たった一日で崩れていく、
悲しいお話でした。

(「競伊勢物語」の詳しいあらすじはこちらをご覧ください)

2015年9月の歌舞伎座夜の部は
「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」の通し狂言です。

通しなので、「花水橋」「竹の間」「御殿」「床下」「対決・刃傷」と
時系列に並びます。
単独でよくかかるのは「御殿」と「床下」です。

「御殿」の前段となる「竹の間」
八汐(中村歌六)が幼い主君・鶴千代を守ろうとする乳母・政岡(坂東玉三郎)を
追い落とそうと難癖をつける場面です。
八汐は女性の役ですが、女方ではなく立役が憎々しく務めるのがならい。

わかりづらいのが、八汐とともに鶴千代を訪問する沖の井の立ち位置です。
八汐の手下なのか、違うのか、ビギナーにはなかなか判断がつきません。
今回は菊之助が沖の井の清廉潔白な人物の輪郭をくっきりと表し、
表立ってはどちらの側にもつかないけれど、八汐の言動のほころびを巧みに突き、
「間違ったことはさせない」という毅然とした態度を貫いて、この場の意味がよく理解できました。
この場で玉三郎が着用している打掛がとても美しいので、そこにも注目してください。

「御殿」では
前半に「飯炊き(ままたき)」といって、
毒を盛られぬよう自分でご飯を炊き上げるシーンがついています。
お米をとぐところから何から全部やります。
もちろん、「エア飯炊き」ですが、手順を省かないので時間がかかる。
そこがまどろっこしい、というむきもありますが、
朝から何も食べていない幼い2人がまだかまだかと炊き上がるのを待つしぐさが健気ですし、
「にぎにぎ」を食べる二人の姿は本当にほっこりします。
先日、「竹の間」→「御殿」(飯炊きなし)を見たら、子どもたちはずっと何も食べられていないようで
とても可哀そうになりました。
後半が悲劇なだけに、ここは落差を感じるためにも重要な場面なのではないかと思います。

その後半は、
乳母政岡が、主君の子である鶴千代を守ることを優先して
自分の子が殺されようとするのをみじろぎもせず見つめるところがハイライトです。
たった一人になったときにようやく母の顔に戻り、
鶴千代のために、進んで毒を食らい幼いながら毒見役をまっとうしたわが子に
「でかしゃった、でかしゃった」と声をかけながら
つらい涙を流します。
母の目の前でわざと子を殺す八汐も残酷ですが、
位も上なら悪者としても上をいく、栄御前もお上品だが食えないヤツ。
上村吉弥が能面を思わせる得体の知れぬ無表情で好演しました。

「また子どもを見殺しにする話ですか」
「それも今度は母親とは。鬼母か!」
などと一蹴するのは本当にもったいない!
ありえない仕掛けの中に現代にも通じるリアリティが溢れています。

政岡が鶴千代や千松にかける言葉には
一つひとつに母として乳母としての愛情が滲み出ていますし、
政争に巻き込まれた幼い命を守るため、必死になる様子には手に汗握ります。
前半は「〇〇夫人」が夫の権力をかさに着るみっともなさが浮き彫りになり、
溜飲が下がる場面もあり。
不条理な世間の中でいかに生きるか、
長いものに巻かれ自分を見失うまいと、必死に生きる人たちの物語は、
現代の私たちにもいろいろなことを感じさせてくれます。

女同士による勢力代理戦争である「竹の間」「御殿」に対し、
「床下」「対決・刃傷」は武士の世界が繰り広げられます。

「床下」は忍術使いがネズミになって証拠の連判状を持ち去るという、
幻想的・様式的・奇想天外な場面です。

ネズミを踏みつけて出てくる男之助(尾上松緑)は正義の味方、
そのネズミからドロンドロンと変化して正体を現す悪者が仁木弾正(中村吉右衛門)。
仁木弾正が花道を退場する場面で「宙のり」を使うバージョンもありますが、
今回は、暗闇の中、ろうそくの光が妖しくゆれる中での退場です。
吉右衛門の弾正が、息を呑むほどの存在感で、
何のセリフもなくただ花道を歩くだけなのに、圧倒されます。
あまりに大物のために気勢をそがれ、立ちすくんでつかまえそこなう、みたいな感じが
よく出ていました。

これだけの仁木弾正の「床下」はそうそう見ることができません。
たっぷり味わうためには、1階後方花道寄りのお席がおすすめですが、
2階3階からも、
ろうそくの明かりがもたらす弾正の影が、次第次第に大きく幕に投影され
まことに効果的に仁木弾正の残像をもたらします。

「対決・刃傷」は一種の「大岡裁き」的な裁判もので、
細川勝元による公正な裁判でハッピーエンド。
市川染五郎がすっきりとした勝元を演じ、
前半は悪者の八汐だった中村歌六が、この場では頼兼サイドの重鎮・外記左衛門を務めます。

濃密にして手堅い、
非常に素晴らしい舞台なので、ぜひご覧になっていただきたいと思います。


(詳しいあらすじはこちらのサイトに出ています)

今月の歌舞伎のご案内です。

歌舞伎座では昼の部が
・「双蝶々曲輪日記~新清水浮無瀬の場」
・「紅葉狩」
・「競伊勢物語(だてくらべ・いせものがたり)」の3本、
夜の部は
「伽羅先代萩」の通しです。 

は半世紀ぶりの上演となる「競伊勢物語」が注目の的。
新聞などで吉右衛門さんが上演にかける情熱を語っています。
「紅葉狩」は染五郎・金太郎親子の共演。
「双蝶々曲輪日記」は先月上方歌舞伎会で上演した「堀江角力場」や「引窓」が有名で、
「新清水浮無瀬の場」は昨年、国立劇場で通しで演じたときは出ましたが、
単独で演じられることはあまりないのではないでしょうか。
発端となるこの場、「角力場」の与五郎と「引窓」の南与兵衛・都が出てくるので、
一度見ておくと、「角力場」での与五郎、「引窓」のお早(源氏名・都)の立場がよくわかります。

は通しで「伽羅先代萩」
見るべきシーンがたくさんある狂言なので、通しで見るとなおさら面白さが募ります。
伊達藩のお家騒動をもとにしたお話しなので「先代」は「仙台」のモジリです。
序盤は若い藩主が暗殺されようとするところ、
中盤「竹の間」「御殿」は藩主の子である鶴千代を護ろうとする乳母・政岡と政敵が繰り広げる
「女の闘い」です。
政岡は坂東玉三郎、立役(男役)が演じるのがお約束の悪役・八汐は中村歌六です。
「御殿」では、「飯炊(ままたき)」といって、
舞台上でご飯を炊くのをお米をとぐところから、手順にそって全部見せるのを
やるバージョンとやらないバージョンがあります。
今回は玉三郎ですし、上演時間から見てやるバージョンだと推測。
「床下」は、うってかわって男ばかりのシーン。
吉右衛門の仁木弾正、松緑の男之助。ネズミくんも出てきます。花道に注目。

京都・南座では新作歌舞伎「あらしのよるに」
お子さんのいらっしゃる方にはなじみのある、同名の絵本が原作です。
中村獅童を中心に、若手で臨むnew kabuki。
制作にあたっては、新作といっても手法は本来の歌舞伎のもので、と
がんばっているようです。

各地を巡業する西コース松竹歌舞伎
四代目中村鴈治郎襲名公演。
歌舞伎座昼の部でやる「双蝶々曲輪日記」のクライマックス「引窓」を
鴈治郎の南与兵衛で。
ほかに扇雀・虎之介親子で「連獅子」。
虎之介くんは病気のため8月の納涼歌舞伎を降板していましたが、復帰できてほっとしました。

今月は赤坂ACTシアターで中村屋の「赤坂歌舞伎」も。
演目は勘九郎の「操三番叟」と七之助の「お染七役」。
どちらも観ていて飽きない、楽しさがあるので、ビギナーには超オススメです。

各公演の詳細については「歌舞伎美人(かぶきびと)」を参考にしてください。







  

           

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