仲野マリの歌舞伎ビギナーズガイド

一度は観てみたい、でも敷居が高くてちょっと尻込み。 そんなあなたに歌舞伎の魅力をわかりやすくお伝えします。 古いからいい、ではなく現代に通じるものがあるからこそ 歌舞伎は400年を生き続けている。 今の私たち、とくに女性の視点を大切にお話をしていきます。

講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を
東京・東銀座のGINZA楽・学倶楽部で開いています。
歌舞伎座の隣りのビル。
窓から歌舞伎座のワクワクを感じながらのひとときをどうぞ!
これまでの講座内容については、http://www.gamzatti.com/archives/kabukilecture.html
GINZA楽・学倶楽部についてはhttp://ginza-rakugaku.com/をご覧ください。

カテゴリ: 今月の歌舞伎

3月の歌舞伎は、
何といっても歌舞伎座での通し狂言「菅原伝授手習鑑」

「仮名手本忠臣蔵」「義経千本桜」とこの「菅原伝授手習鑑」は
「丸本歌舞伎」(まるほんかぶき)と言って、
人形浄瑠璃の名作をそのまま歌舞伎にもってきた三大名長編作品として
何度も上演され愛され続けてきました。

「菅原伝授手習鑑」は見取りといって一つの段だけではよく上演され、
特に「寺子屋」や「車引」は非常に人気でよく出ますが、
通し狂言の機会はなかなかなく、
今回は2002年の菅原道真公没後千百年にちなんで行われて以来、
なんと13年ぶり。
菅丞相役には、片岡仁左衛門。
家の芸としてこれを極めることに全身全霊を傾け、
公演中は「精進潔斎(しょうじんけっさい)」、身を清め、牛肉は食べず、という徹底ぶり。
特に「道明寺」は人形浄瑠璃では当たり前のようにできるものを
役者が人間である歌舞伎でいかに説得力あるものとする
非常に難しい場面があります。

人間から神になった菅原公役が、今できるのは仁左衛門丈ただ一人。

必見です。

「通し狂言」といっても、時系列ではありながら完全な順番通りではありません。
でもこのほうが昼の部、夜の部それぞれにクライマックスがあって
非常にわかりやすく、
ビギナーの方もきっと楽しめると思います。

昼の部
「賀茂堤」「筆法伝授」「道明寺」で、
菅丞相(かんしょうじょう・菅原道真のこと)が政争に巻き込まれ、
政敵の奸計から大宰府に流されるまでに軸を置いています。

夜の部
「車曳」「賀の祝」「寺子屋」と、
菅丞相に長く仕える白大夫と三つ子の息子たちが中心。
やんちゃな梅王丸、
優し過ぎて政敵に菅丞相追い打ちの口実をつくってしまう桜丸、
義理との板挟みで悲劇へと突き進む松王丸。
どの段も目が離せません。

菅丞相は昼にしか出ませんので、
仁左衛門目当ての方は、その点を気をつけましょう。

夜は夜で豪華。
松王丸に染五郎、桜丸に菊之助、梅王丸に愛之助。
「寺子屋」で松王丸とのダブル主役ともいえる源蔵には松緑という
素晴らしい布陣です。
壱太郎は昼は苅屋姫、夜は戸浪。
「寺子屋」の戸浪で、千代役の孝太郎にどれだけ伍すことができるか、
非常に楽しみです。

昼の部に松王丸は出てきませんが、
染五郎は「筆法伝授」で、源蔵役で出てきます。
逆に夜の源蔵役に専念の松緑は、昼の出演はありません。

こう見てくると、
やはり「菅原伝授手習鑑」にあって菅丞相と源蔵は
特別な存在だということがわかります。

「筆法伝授」にこそ「寺子屋」に続く大きなドラマの伏線が隠されている!
師弟愛の物語が浮かび上がってくるのは、
通し狂言ならではです。

詳しい配役やみどころは、
以下のサイトでご確認ください。

http://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/2015/03/post_85.html

今月の歌舞伎座では、
夜の部最初の「一谷嫩軍記~陣門・組討」が素晴らしい!
ぜひご覧になっていただきたいです。

「いちのたに・ふたばぐんき」って何?

みなさんの中には中学校の国語の時間、
「平家物語」の「熊谷直実」の段(「敦盛最期」)、
やった人いるのではないでしょうか。

美しい鎧兜の武者と波打ち際で一騎打ちして、
捕えてみれば自分の息子と同じくらいの若武者、
「あなた一人がどうなろうと源氏が勝つ流れはとまらない」
と、わざと逃がそうとするのですが、
高貴な若者は逆に
「だからこそ、これから逃げ回って山賊のような者に殺されるくらいなら
(礼節をわきまえたきちんとした武士である)あなたに首討たれたい」
と言って、そこを動きません。
そうこうするうち源氏側の追手が迫ってきます。
直実は断腸の思いで若武者の首を討つ、という
「平家物語」でも白眉とされる1節の一つです。

このお話をもっとふくらませて長編の歌舞伎にしたのが
「一谷嫩軍記(いちのたに・ふたば・ぐんき)」です。

その長いストーリーの中で
直接上記の部分にあたるのが「組討(くみうち)」

平家物語に描かれた通りの恰好をして、
白い馬(正確には連銭葦毛〈れんぜんあしげ〉)に乗って現れる
平敦盛(たいらのあつもり・尾上菊之助)の武者姿が
本当に絵巻物から抜け出たようで気品と美しさに溢れています。

敦盛

           日本の古典7「平家物語」(世界文化社)函表より

           (一の谷合戦図屏風 敦盛 埼玉県立博物館蔵)


一方の直実は黒い馬に紫の母衣(ほろ)。
青い海をバックにした色の好対照が物語にコントラストを増幅。
波打ち際での馬上の合戦では、
遠近法をうまくつかって子役二人で演じさせる手法。
通常の演出方法ですが、
決して「可愛い」で済まされぬ気迫のこもった殺陣で見せ、
大人二人の演技の続きとしての流れを絶やしません。

そして、何より吉右衛門です。
直実に扮する中村吉右衛門が
武士の勇猛さ、礼節、そして優しさを渾身で体現、
「これぞ歌舞伎!」という凝縮された演技を見せてくれます。

劇場は水を打ったような静寂の中、
首のない死体(菊之助)と、
敦盛を探す途中で深手を追い、息絶えた敦盛の恋人・
玉織姫(芝雀)を同じ板に乗せて海に流してやるなど、
ゆっくりと、無言で舞台を動く直実の一徒手一投足を
ただただじっと見守るだけ。

連戦練磨の手練れの武将であっても、
まだ人生はこれから、という若者を死なせることは
本当につらいこと。

この「一谷嫩軍記」は平家物語の記述を越えて、
この後もお話は続きます。
敦盛の首を持って義経に見せるという「熊谷陣屋」の段。
ここのほうが「組討」よりよく上演されるし、
シネマ歌舞伎にもなっているので、
ご存知の方も多いかもしれませんが、
直実は単に「息子と同じくらいの若者を殺した」以上の苦しみを背負っています。

そのことは、
「組討」の段だけを観ている間はわかりません。
でも、
愛馬にだけ無言で明かす溢れる涙に、胸がつまります。
歌舞伎の中で、馬は2人の人が中に入って演じますが、
本物の馬かと思うほどリアルな演技をします。
ここも見どころの一つです。

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今週末からクリント・イーストウッド監督の映画
「アメリカン・スナイパー」が公開されますが、
これは、イラク戦争などで160人を殺害した
名うてのスナイパーが主人公。
帰還後、PTSDに苦しみます。

ちょうど今、テレビで予告編が流れていますね。
幼い男の子が武器を担ごうとする。
その子に照準を合わせながら、
「(武器を)持つな、持つな、持たないでくれ!」と願うスナイパー。

こちらの予告編も、胸がつまります。

https://www.youtube.com/watch?v=Av1UW0myxiA

戦争とは、
人の持つ優しさを、当たりまえの情愛を、人間性を
なんと残酷に踏みにじることでしょう。
自分にも、敵にも、
家族がいて、愛する人がいて、
人を傷つけず、幸せに暮らしたいのに…。

それは1000年前も、今も、変わらない心なのです。

幕見で観れば1500円。
吉右衛門丈、体力的なこともあり「これが最後と思って」とおっしゃっています。
16:30~17:55。
時間が合う方は絶対見たほうがいいと思います。
歴女の方は、必見。

お時間があれば、夜の部は通しでどうぞ。
続く「神田祭」は、重苦しい雰囲気を一発で消してくれますし、
「筆屋幸兵衛」は、明治初期が舞台で、
歌舞伎というより新劇に近い。
主役の松本幸四郎の狂気の演技が最高です。
中村児太郎のお雪も、他の演目での華やかな芸者や傾城とは一変、
オーラを消し尽くしての薄幸度200%のリアルさに拍手です。

歌舞伎座公演の詳細はこちら

歌舞伎座は、
松竹座から1日遅れて今日が初日です。

昼の部は
「吉例寿曽我(きちれいことぶきそが)」「毛谷村(けやむら)」
「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」と
名作が目白押しです。

私がもっとも楽しみにしているのは「積恋雪関扉」
小野小町姫/傾城墨染実は小町桜の精の菊之助。
舞踊の大曲ですから、舞の名手としての菊之助をじっくり味わいたいです。

「吉例寿曽我」はオールスターキャスト勢揃いで見ると華やかですが、
今回はぐっと若返っています。
存在感と憎々しさ抜群の中村歌六が工藤祐経なので、
びしっと場を引き締めて統率してくれることでしょう。
荒事が好き、という中村歌昇の曽我五郎が楽しみ。
一方
「毛谷村」は菊五郎/時蔵の鉄板で、安定感抜群。
大人の芸が観られますね。

私は「彦山権現〜」のお園という女性が大好きです。
講座でも取り上げましたが、
男に生まれたかったデキる女のプライドとか、
長女だからすべての責任をとろうとしてしまうところとか、
本当に感情移入できちゃう女性です。
「毛谷村」の段だけだとなかなかわからないですが、
そういう性格を、
時蔵さんがうまく浮かび上がらせてくれることでしょう。

夜の部は
「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」と
「神田祭」「筆屋幸兵衛」。

「一谷嫩軍記」は、
よくかかる「熊谷陣屋」ではなく、その前段の「陣門」と「組打」が出ます。
「組打」は、
「平家物語」にある、波打ち際で熊谷直実が敦盛の首を取る場面です。
美しい若武者姿も一見の価値あり。

「神田祭」は江戸っ子のいなせぶりを理屈抜きで楽しんでください。

逆にホネのある物語が好きな方には「筆屋幸兵衛」
明治維新で落ちぶれる元武士とその家族の運命を描く
河竹黙阿弥の作品です。
こういう心理ものでは、
シェイクスピアなどの舞台も数多く踏んだ松本幸四郎が
役柄に深い陰影を刻みます。

詳しくは、こちらをどうぞ。

今月の歌舞伎も、まずは大阪から。
先月に続いて、
松竹座では、引き続き四代目中村鴈治郎襲名公演が行われ、
今日初日を開けました。

昼の部では、「傾城反魂香」
いわゆる「吃又(どもまた)」と呼ばれる段で、
土産物の絵を描いて生計を立てる浮世又平(鴈治郎)が、
絵師として心眼を開くさまを
厳しくも優しい師匠の愛や、糟糠の妻との夫婦二人三脚の絆をこめて演じます。
又平に鴈治郎、妻おとくに市川猿之助。
猿之助のおとくが楽しみです。

ほかに
中村扇雀の「しゃべり」が目に浮かぶ「嫗山姥」と、
人形に扮する中村壱太郎が、妖艶かつ清純な美しさで、
どんなふうに左甚五郎を翻弄するのか楽しみな「京人形」
そして昼の部には口上があります。
残念ながら、今月も片岡我當丈はお休みです。

夜の部は、
坂田藤十郎がお初を演じる「曽根崎心中」
松竹座での演じ納めとのことです。

80歳を過ぎた男の人が18歳の娘を演じるなんて、
と思われるかもしれませんが、
藤十郎さんのお初は、本当にかわいらしい!
そして、
「曽根崎心中」のお初は、
藤十郎さんが中村扇雀を名乗ったころから
ほぼ彼一人で演じてきているという稀有なお役なのです。
だから、
お初の心を一番知っているのは藤十郎さんです。
一度も見たことのない方は、
本当に最後のチャンスかもしれませんので、
ぜひご覧になってください。
(ちなみに、2月6日の私の講座は、「曽根崎心中」をとりあげます)

夜の部、
ほかに「連獅子」と「義経千本桜」。
「連獅子」は、鴈治郎・壱太郎親子。
襲名公演での親子連獅子は晴れがましいですね!
曲も素晴らしいので、音楽に酔ってください。
能楽師の恰好から獅子の精に変わるまでの間をうけもつ
時宗と日蓮宗の僧侶が道連れとなることで巻き起こる可笑しさを表した
「宗論」を、猿之助と松緑で演じます。
達者な二人の掛け合いにも注目です。

「義経千本桜」は「四の切」と呼ばれる「川連法眼館」の段。
猿之助が狐忠信として、宙乗りも務めます。
(決して「宙吊り」ではありません!)
猿之助ならではのハイレベルなテクニックをご堪能ください。

詳細はこちらをご覧ください。

百花繚乱、よりどりみどりの東京歌舞伎、
ピカ一の舞台が、
歌舞伎座夜の部トリを飾る市川猿之助の「黒塚」 です。

「黒塚」は奥州の山中で暮らす老女・岩手が高僧に出会い、
人を喰らって生きてきた自分でも来世を望めるのか、と
一瞬の希望に心を輝かせたのもつかの間、
裏切られた思いに怒りを爆発させる舞踊劇で、
「猿翁十種」に数えられる澤瀉屋には大切な演目です。

猿之助の襲名公演でも観ましたし、
そのときも、さすが猿之助の名を継ぐにふさわしい出来と思いましたが、
今思えば、
あれはその片鱗であり、ほんの始まりに過ぎませんでした。

声、形、表情、身体能力、音楽との調和、緩急、
沈黙を支配できる存在感、力強さ、スピード、
憤怒、哀れ、至福、残酷…。
一体どれほどの才能が、彼の小さい身体に詰まっているのか。
私は取り立てて猿之助の大ファンというほどではありませんが、
好みの問題を突き抜けて、
心から感服、惚れ惚れします。

これからも、当代猿之助は長い時間をかけて、
自らの「黒塚」を磨き上げていくことでしょう。

今月の歌舞伎座公演については、こちらをどうぞ。
26日までです。

この名舞台を、
実は1300円で見られるんです!
一幕見といって、
直通エレベーターで4階に上がり、一演目のみ見るという制度。

これについては、
また明日。




 

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