2月の歌舞伎座昼の部は通し狂言「新書太閤記」です。
天下人・豊臣秀吉の生涯を描いた吉川英治の「新書太閤記」をベースに、
今回は
まだ独身時代の藤吉郎が妻ねねを娶るあたりから、
本能寺の変、中国大返し、清州会議までを
場面場面を押さえる形で駆け抜けていきます。

見どころは、尾上菊五郎の木下藤吉郎。
何がすごいって、その姿の若々しいこと!
出てきたそのときから「まだ若い頃の秀吉だな」とわかります。
「猿」と呼ばれて蔑まれ、ときに命の危険にさらされながらも、
機知に富んだやりとりと、憎めない人懐っこさを武器に、
時に直球、時に変化球で人々の信頼を得ていくさまを、
朗らかに、闊達に、魅力的に演じていきます。

織田信長役の中村梅玉が、鋭い中にも柔らかな情を見せ、
気丈な妻(尾上菊之助)と交わす最期の言葉にはジーンときます。

逆に明智光秀役の中村吉右衛門は、
信長の叡山焼討を必死でくいとめようとする武士の気迫がすごい。
それがかなわなかった後のぞっとするほど思いつめた表情のみで、
「敵は本能寺にあり」への決意をのぞかせます。

「歌舞伎」というと、隈取でたっぷり見栄を切ったり六方を踏んだり、と
いわゆる「荒事(あらごと)」を想像する方が多いと思いますが、
そのジャンルは多岐にわたります。
「映画」とひと口にいってもいろんなジャンルがあるのと同じ。

今回は「時代劇」に近い舞台として楽しめます。
よく知られたエピソードがちりばめられていますし、リラックスして観てください。
時代背景的にはちょうど今NHKで放送中の大河ドラマ「真田丸」とかぶりますね。

言ってみれば、
1年かけてやった大河ドラマを年末に「総集編」としてまとめたような感じなので、
ちょっと駆け足すぎるかなと思う場面や、ブツ切れ感もなきにしもあらず。
でも、歌舞伎は「場面」で見せるお芝居なのです。

その「場面」の中で、私が思わず涙したのが藤吉郎とねねの婚礼の段。

藤吉郎とねねの婚礼の日に、
友人の前田利家が藤吉郎の母を連れてきます。
母が「お前がこんなに立派になったら、私の私が百姓では恥ずかしかろう」というと、
藤吉郎は「そんなことない。いつだって自慢のおっかさまだ」と言うところでは、思わず涙。
その一場面しか出てこない母役・中村東蔵のすべてを包み込むような優しい声が、
「子を思う母」代表をしっかり務めて観客の心をわしづかみにしました。

主人公だけでなく、脇役の心もしっかり描いているところに
歌舞伎舞台の力があるんですよ!