仲野マリの歌舞伎ビギナーズガイド

一度は観てみたい、でも敷居が高くてちょっと尻込み。 そんなあなたに歌舞伎の魅力をわかりやすくお伝えします。 古いからいい、ではなく現代に通じるものがあるからこそ 歌舞伎は400年を生き続けている。 今の私たち、とくに女性の視点を大切にお話をしていきます。

講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を
東京・東銀座のGINZA楽・学倶楽部で開いています。
歌舞伎座の隣りのビル。
窓から歌舞伎座のワクワクを感じながらのひとときをどうぞ!
これまでの講座内容については、http://www.gamzatti.com/archives/kabukilecture.html
GINZA楽・学倶楽部についてはhttp://ginza-rakugaku.com/をご覧ください。

2016年01月

財布を拾って大儲けとおもったらどうやら夢だったと知って改心した魚屋の、
ご存知、落語の「芝浜」の劇化。
1月2日、NHKで中継もされたのでご覧になった方も多かったのではないでしょうか。
よかったですね~、中車。

俳優・香川照之が、市川中車を襲名したのは、
2012年6月のことでした。
その月は「ヤマトタケル」の父王役と「小栗栖の長兵衛」の長兵衛、
7月は「将軍江戸を去る」で山岡鉄太郎、「楼門五三桐」の石川五右衛門を
それぞれ演じました。

公演が始まって数日経つとすぐに声がつぶれてしまい、
長兵衛や鉄太郎のような、歌舞伎というより時代劇に毛が生えたような役でさえ、
名優香川照之の名が泣くような出来栄えでした。
それでもいい、
だって彼は自分のためでなく、息子の将来のために歌舞伎に飛び込んだのだから・・・・。
・・・当時の私はそんなふうに考えていました。

その中車を、違う目で追うようになったのは、
2015年5月明治座「男の花道」あたりからでしょうか。
歌舞伎というより新派の演目ですが、
素晴らしかった猿之助の加賀屋歌右衛門に負けず劣らず、
中車の蘭方医・土生も存在感を示し、何より声が潰れなかった。
ものすごい進歩だと思いました。
そして
坂東玉三郎を相手に伴蔵を熱演した2015年7月の「牡丹燈籠」。
こすっからい前半も、大店の主人におさまった後半も、しっかり演じていました。

そして昨年暮れの「妹背山婦女庭訓」では
ついに女方に挑戦。短い出番とはいえ、豆腐買いのおむらを違和感なく演じ切りました。
(花道を退場するときの下駄の音だけは、女方の音じゃなかったけれど…)

中車は証明したと思う。
40歳を過ぎてからでも、必死に訓練すれば歌舞伎役者になれるんだ、と。
取り返せない時間などないのだ、と。
もちろん、
彼には無理な役は多々あるでしょう。
でも、得手不得手は誰にでもあります。
歌舞伎には「ニン」という言葉があって、
自分にぴったりの役さえ抜群の出来で演じさえすれば人気者になれる。
オールマイティである必要はないのです。

中車は世話物に自分の居場所を見出しました。
今後新派にもなくてはならない役者となりましょう。
長年の俳優生活で得た役者カンや間合いのセンスが生きる。
主人公を演じる器の大きさを取り戻した。
舞台上での観客との距離感も心得てきた。
きっと時代物にも、いつか「ニン」と言われるキャラクターを見つけることでしょう。
今後がさらに楽しみです。

今年の新春浅草歌舞伎で、私が最も驚いたのは、
「毛抜」に出ていた坂東巳之助の粂弾正です。
巳之助が荒事を好んでいることは知っていましたが、
あのほっそりとした体で、
ここまで大きい演技ができるとは思っていませんでした。
「毛抜」の弾正は、発声からおおらかさから、
まるで亡くなった團十郎の弾正を観ているようでした。

ということで、後から見た昼の部の「三人吉三」、
大変期待したんですが、こちらはこなれていませんでしたね。
隼人のお嬢吉三とリズムがまったく合わなかった。
こうしてみると、
シネマ歌舞伎になった松也と七之助のお坊お嬢は抜群だったと
改めて感じました。

その松也、
「義経千本桜」で愛らしい子ギツネの狐忠信と、荒武者佐藤忠信をきっちり分けて好演。
「与話情浮名横櫛」でも与三郎を見事に演じ切りました。
松也が群を抜いているのは口跡の良さ。
セリフがはっきり聞こえる。言葉だけでなく、そこにまつわる感情も一緒に。
だから登場人物の気持ちが小細工しなくてもしっかり伝わってくるのです。
お富と与三郎の再会には、ただれた空気が漂うものだけれど、
今回の松也の与三郎と米吉のお富には、「会いたかった!」が溢れていて、
どんなに悪態をついてもその裏に愛情が見えてすがすがしくさえあった。
だから、いつもはご都合主義にしか思えないあっというまの幕切れも、
今回は「若者よ、よかったね!」と心から拍手できました。

女方では米吉もいいけど、
静御前を凛とした品格で演じ切った新悟にも一票入れたいです。

松竹座に遠征し、夜の部を観てきました。
もっともすばらしかったのは、「帯屋」だと思います。
坂田藤十郎、中村扇雀、中村壱太郎。(壱太郎の父・鴈治郎は歌舞伎座出演)
三世代全員、皆浄瑠璃が身体に染みていて、安心して観ていられます。

隣りの女の子を悪い男からかくまってあげる、くらいの気持ちで
旅先の宿で自分の布団に入れてしまった長右衛門。
自分の懐に入って身を震わせる若い娘のいい匂いに
「その気」はなかったはずだけど、気がつけば本能が先走ってしまい・・・。
でもそのツケが、5カ月後の「腹帯」となってつきつけられる。

壱太郎のお半と、藤十郎の長右衛門が、ひっしと抱き合うところ、
おじいちゃんと孫の少年が顔寄せて抱擁なんて、普通ならキモいくらいですが、
もう切なくて切なくて。もう二人とも、行きどころがないんだよね。
壱太郎の可憐さも捨てがたいが、
我慢に我慢を重ねる藤十郎が、輪をかけていい。
男の「しまった!」っていう、ずるさと、責任感と。
そして恋心も妻とお半を行ったり来たり。これぞ和事。至芸です。

壱太郎はお半と丁稚長吉の二役。
この長吉がまた抜群で、愛之助とのコミカルなかけあいでは、
最初場面を引っ張っていた愛之助が、義太夫にのって調子を上げる壱太郎にだんだん引っ張られていく。
つくづく、成駒家の至芸を思い知りました。

1月歌舞伎座公演昼の部で、
私がもっとも魂震えたのは、坂東玉三郎の「茨木」でした。
渡辺綱(わたなべのつな)が鬼と戦って左腕を切り落とし持ち帰ると、
その鬼が、真柴という綱の叔母に化けて、綱の屋敷に左腕を取り返しに来ます。
綱は安倍晴明から「絶対に誰も入れてはいけない」と言われているので、
恩ある叔母とはいえ、門前払いを余儀なくされます。

玉三郎の真柴、不気味です。品はあるのですが、不気味です。
「あなたのことをこんなにかわいがったのに、どうして入れてくれないのか?」
そのあまりの説得力に、
鬼の化身とわかって見てるはずのに、
(もしかして、ほんとの叔母さんか?)・・・などと疑い始める自分がいて、
晴明の戒めに従って初めは門前払いした綱の行いに思わず胸をなでおろしてしまいます。
とぼとぼ帰っていく真柴を呼び止めて屋敷に入れてしまう綱は正しい!
「人として当然」のレベル!と思ってしまいました。

ところが!

屋敷の中で機嫌よく舞など見せていた真柴が
「鬼の腕というものを見てみたい」と言い出して、綱も見せちゃって、
箱の中から腕を取り返す直前の形相ったらもう、怖いのなんの!
…先ほどと何ら変わらぬ真柴の出で立ちですが、ほんとの鬼かと思いました。

間狂言(あいきょうげん)になったときには心からホッとした。
間狂言というのは、能から来る言葉です。
前半と後半でシテ(主役)が衣裳を変えて出るために、
その間の時間に狂言でお客をなごませてくれるものです。
前半の真柴に集中しすぎて、クタクタだったから、間狂言って必要だとつくづく思いました。

鬼になってからがまた、ここまでやるかっていうオソロシイ隈取でしたが、
私は真柴の顔が、隈取なんかしなくても一瞬で鬼に変わったシーンが忘れられません。

皆様、新年のご挨拶が遅れまして失礼しました。
お正月は東西で歌舞伎百花繚乱でしたね。
本来であれば、一つ一つの公演について
それぞれの見どころをお伝えせねばならないところでしたが、
所用に取り紛れてアップできずにおり、大変申し訳ありませんでした。

皆さんは、年の始めに「一年の計」を立てましたか?
そしてそろそろ1カ月、
その「一年の計」を、実行していますか?

私は、たくさん計画を立てました。
体力をつけたいので運動しようとか、部屋を片付けようとか(汗)。
部屋だけじゃなくて、パソコンの中のデータも整理しないといけないし(大汗)。
でも、
気がついたことがあります。
いっぺんに片付くものなんて、この世にない!

だから、私の一年の計は「ひとつひとつ」です。
そして、
いろいろなことを、少しずつですが継続してがんばっています。

そんななか、
なかなか手がつけられなかったのが、このブログの更新。
2014年12月に始めたこのブログ。
「歌舞伎ビギナーズガイド」と銘打って、
歌舞伎観劇の窓口になればと、
とにかくわかりやすい説明に努めてまいりましたが、
まだまだ自分の中では方向性が定まっていなかったように思います。
説明しよう、正確な情報を発信しようと身構えた分だけハードルがあがり、
タイムリーなご報告がこの場でできなかったのが反省点です。

1カ月間、どのように運営していこうか、いろいろ考えてきましたが、
これからは、
短い文章でよいのでもっと頻繁に更新しようと思います。
前より説明不足のものが多くなるかもしれませんが、
わからないことがあったらどんどんコメントしてください!
よろしくお願いいたします。

また、
今年はこれまで以上に歌舞伎ビギナーズ対象の講座を開催してまいります。
ご一緒に歌舞伎観劇も楽しむ機会も多くしたいと思います。
歌舞伎だけでなく、人形浄瑠璃なども、この場でご紹介していく予定です。
各地方に根差した人形浄瑠璃は、本当に魅力的です。

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

みなさんの「一年の計」が、実現しますように!








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