近松門左衛門の「心中天網島」

この発端となる部分が、
歌舞伎座の中村鴈治郎襲名披露公演夜の部で上演されている
「河庄(かわしょう)」
です。

紙屋として大坂天満に店を構える治兵衛は、
妻子がありながら遊女・小春にいれあげて
二人は「もう心中するしかないね」と約束を交わしている。
その後なかなか会えずにいたけれど、
ようやく小春の出ている店にたどり着いた治兵衛。
しかし、そこで観たものは、最愛の女がほかの客に、
自分との心中が本意ではないことを告白しているところだった!

信じていた女に騙されたと思い込んだ男の
破れかぶれで浴びせる罵詈雑言。
一人前の男が見せる、大醜態です。

最初観たときは、治兵衛さんのあまりのダメンズぶりに辟易、
「いじめ」を目撃するかのごとき居心地の悪さばかりで
ちっとも物語にのめりこめなかった。

だって、
「おまえ、オレと死ぬって約束したじゃないか!」と怒り出し、
自分の愛人を罵倒する姿が醜くて醜くて。
女相手に声荒げるは、殴りかかろうとするは、でちょっとしたDVだし。
そうかと思えば、これだけコケにした女に対し、
手のひら返したみたいに猫なで声を出すのも、ほんっと気色悪かった。

自分は妻子もち店もち、
相手は自分の身に何の保障もない一介の遊女。
弱い者いじめにも程がある!
何考えてんだろう。
こういうのを女の腐ったのみたいだっていうんだ、
自分さえ気持ちよければそれでいいのか!
ま、そうじゃなきゃ遊女になんか手をつけないか・・・とか、
はっきり言って、後味悪すぎ。

でも「心中天網島」って近松門左衛門の最高傑作と言われてる。

ほんとにこれ、絶対「最高傑作」なの??

この疑問から原作を読み直したら、本当に面白かった!
「河庄」だけだから意味がわからいんだ、
全部読めば、こんな深い話はない!
そう確信したのでありました。

ですから、
歌舞伎ビギナーズの皆さんには
正直「河庄」はハードル高いかもしれません。
でも、
「わからなくても1回観た」からこそ、
次に新しい発見を得られるというのも歌舞伎の面白さ。

何を隠そうこの私、
あれほど苦手意識のあった「河庄」、
「単なる発端にすぎない」と思っていた「河庄」だったのに、
今回、
新がんじろはんの「河庄」を見たら、今までと見方が変わったのです。

単なるDV男と、恋愛依存症の女、みたいに思い込んでいましたが、
罵倒する男も、
嘘をつく女も、
溢れんばかりの愛のかたちであることに気づかされたのです。

この舞台の「すべて」を握ると言われている出の場面
「魂抜けてとぼとぼうかうか」の意味もよくわかったし、
小春を演じた中村芝雀もかわいらしく、
耐える演技の中に、体中から治兵衛への愛が溢れていた。

先日インタビューさせていただいたとき、
「お客様に共感していただける舞台にしたい」とおっしゃっていた鴈治郎丈、
私を感情移入させたんだから、大成功ですね!