財布を拾って大儲けとおもったらどうやら夢だったと知って改心した魚屋の、
ご存知、落語の「芝浜」の劇化。
1月2日、NHKで中継もされたのでご覧になった方も多かったのではないでしょうか。
よかったですね~、中車。

俳優・香川照之が、市川中車を襲名したのは、
2012年6月のことでした。
その月は「ヤマトタケル」の父王役と「小栗栖の長兵衛」の長兵衛、
7月は「将軍江戸を去る」で山岡鉄太郎、「楼門五三桐」の石川五右衛門を
それぞれ演じました。

公演が始まって数日経つとすぐに声がつぶれてしまい、
長兵衛や鉄太郎のような、歌舞伎というより時代劇に毛が生えたような役でさえ、
名優香川照之の名が泣くような出来栄えでした。
それでもいい、
だって彼は自分のためでなく、息子の将来のために歌舞伎に飛び込んだのだから・・・・。
・・・当時の私はそんなふうに考えていました。

その中車を、違う目で追うようになったのは、
2015年5月明治座「男の花道」あたりからでしょうか。
歌舞伎というより新派の演目ですが、
素晴らしかった猿之助の加賀屋歌右衛門に負けず劣らず、
中車の蘭方医・土生も存在感を示し、何より声が潰れなかった。
ものすごい進歩だと思いました。
そして
坂東玉三郎を相手に伴蔵を熱演した2015年7月の「牡丹燈籠」。
こすっからい前半も、大店の主人におさまった後半も、しっかり演じていました。

そして昨年暮れの「妹背山婦女庭訓」では
ついに女方に挑戦。短い出番とはいえ、豆腐買いのおむらを違和感なく演じ切りました。
(花道を退場するときの下駄の音だけは、女方の音じゃなかったけれど…)

中車は証明したと思う。
40歳を過ぎてからでも、必死に訓練すれば歌舞伎役者になれるんだ、と。
取り返せない時間などないのだ、と。
もちろん、
彼には無理な役は多々あるでしょう。
でも、得手不得手は誰にでもあります。
歌舞伎には「ニン」という言葉があって、
自分にぴったりの役さえ抜群の出来で演じさえすれば人気者になれる。
オールマイティである必要はないのです。

中車は世話物に自分の居場所を見出しました。
今後新派にもなくてはならない役者となりましょう。
長年の俳優生活で得た役者カンや間合いのセンスが生きる。
主人公を演じる器の大きさを取り戻した。
舞台上での観客との距離感も心得てきた。
きっと時代物にも、いつか「ニン」と言われるキャラクターを見つけることでしょう。
今後がさらに楽しみです。