今月の国立劇場では、高麗屋の座組で「東海道四谷怪談」がかかっています。
座頭の松本幸四郎が民谷伊右衛門で、
市川染五郎がお岩初役、与茂七、小仏小平も含め三役早変わりがみどころです。
18日に観てきましたが、まずは染五郎のお岩が非常に美しかった。
顔の崩れ方もかなりグロテスクなのですが、それでもお岩の清楚さ、美しさが滲み出て、
命が尽きようとしている病み加減といい、幽霊となってからの凄絶さといい、哀れさが募りました。
先月の歌舞伎座「紅葉狩」の更科姫が素晴らしかったのですが、今回も、女方、魅力的です。

もう一つ、異色なのは通常割愛されることの多い「小汐田又之丞隠れ家」の段が出ること。
民谷伊右衛門も、お岩の父親の四谷左門も、佐藤与茂七も、
与茂七と間違えて殺されてしまう奥田庄三郎も、小汐田又之丞も皆赤穂の浪人で、
「仮名手本忠臣蔵」と密接な関係にある「四谷怪談」の側面にいつもより光を当てています。

染五郎は冒頭に鶴屋南北として登場、「仮名手本忠臣蔵」と「四谷怪談」との関係を説明し、
寸劇ながら松の廊下の塩冶判官と師直も演じますし、最後の討入り場面では大星由良之助を演じます。
お岩、与茂七、小仏小平だけにとどまらず、まさに八面六臂の大活躍!

小汐田又之丞に仕える小仏小平、いつもはちょっとしか出番がなく、
単なる「早変わり」のコマの一つにしか思えないんですが、
彼がなぜ盗みをはたらくほど薬に執着し、死んでも幽霊になって「薬くだせえ」と叫ぶのかが、
今回はよくわかります。

江戸の昔、初演時は忠臣蔵と四谷怪談を表・裏という形で交互に上演、二日がかりで全段を見せたといいます。
今回はそこまではやらないまでも、二作の絡まり合いを肌で感じることができました。
(又之丞隠れ家で繰り広げられる又之丞とお熊のイケズは、塩冶判官にイジワルをする高師直そのまま!
 又之丞は縞の掻巻を着ていて、盗みの疑いをかけられて源蔵が立ち去ろうとするところなど、与市兵衛内の勘平の切腹のくだりを踏襲)

季節の移り変わりも松の廊下が三月弥生、お岩が出産して産後の肥立ちが悪いのは蚊帳をつっている夏、そこから寒い季節になって討入りが来月に迫ったことがわかる。
庵室の伊右衛門が「お岩の祥月命日」に悪い夢を見たといって弔おうとし、お岩の幽霊にまた悩まされるのは雪の日で、そこから一気に討入りへ。
「仮名手本忠臣蔵」と同じように、松の廊下から討入りまで、
赤穂の武士たちが浪人になっている時間の中で考えられたストーリーなのだと改めて理解しました。
こんなふうに「四谷怪談」を観たことはなかったなー。

出演者は最後の討入りで浪士や吉良側の武士も演じて立ち廻りはハデハデです。
特に中村隼人は「ワンピース」のイナズマンに続き、今回も切れっきれな殺陣で見せる。
お梅役の中村米吉は、スターオーラがハンパなく、いつもなら単なる脇役なのに、
今回はお梅の心情に引き寄せられてしまいました。
四谷左門役の松本錦弥が老いても落ちぶれても武士の魂を見せつける凛々しさでたまらん!

それに比べて伊右衛門の小者さ加減といったら!
幸四郎丈の伊右衛門は、ものすごいワルという印象ではなく、刹那的な生き方をしている男という感じでした。
舅を追いかけてまで取り返したかった懐妊中のお岩なのに、いざ子どもが生まれると疎んじる、とか、
そこまで嫌いなら最初から別れてろ、とかいいたい伊右衛門ですが、
幸四郎がやると、あのときはお岩が好きだった、でも金もない、赤ん坊は泣く、妻は病気じゃもういやになる、
そこへ持参金つき仕官つきの若くてかわいいお梅との結婚話とくれば、そっちになびく、みたいな。
その場しのぎで後先考えない。
さっきまで「御家の秘薬」とか大切にしていた薬もすぐに借金のカタに渡しちゃうし、
母親のお熊に「大事にしなさい」と言われた高師直のお墨付きも同じ。
「カネがないからこれで」みたいにして仲間の路銀の足しにと渡しちゃう。
都合が悪くなるとすぐに人を殺すし、幽霊がこわくなってそこらじゅう刀振り回すし。
そういう、アタマ悪いよね、けっこう臆病だよねっていうところに説得力ありました。
女好きだけど結局誰のことも愛してない、自分しか好きになれない男、
いやもしかしたら、自分のことも親のことも、この世も嫌いなのかもっていう、哀れな男に見えました。

二回の休憩はさんで約5時間と長丁場ですが、最後が討入りでスカッとすることもあり、
あまり長くは感じませんでした。
長唄もすばらしく、それも舞台をひきしめていたと思います。

詳しくはこちらへ。26日までです。