仲野マリの歌舞伎ビギナーズガイド

一度は観てみたい、でも敷居が高くてちょっと尻込み。 そんなあなたに歌舞伎の魅力をわかりやすくお伝えします。 古いからいい、ではなく現代に通じるものがあるからこそ 歌舞伎は400年を生き続けている。 今の私たち、とくに女性の視点を大切にお話をしていきます。

講座「女性の視点で読み直す歌舞伎」を
東京・東銀座のGINZA楽・学倶楽部で開いています。
歌舞伎座の隣りのビル。
窓から歌舞伎座のワクワクを感じながらのひとときをどうぞ!
これまでの講座内容については、http://www.gamzatti.com/archives/kabukilecture.html
GINZA楽・学倶楽部についてはhttp://ginza-rakugaku.com/をご覧ください。

1月の松竹座昼の部で上演された「天衣粉上野初花~河内山」
河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)の作品で、
「てんにまごう・うえのの・はつはな~こうちやま」と読みます。

今回は、主人公の河内山宗俊(そうしゅん)が片岡仁左衛門でした。
http://www.kabuki-bito.jp/theaters/osaka/2015/01/_1.html

実は私、この「河内山」というお芝居、
以前はどちらかというと、苦手な部類でした。

やくざまがいの坊主が
偉いお坊さんに化けて大名の御屋敷に乗り込んで、
大名脅して、腰元を助けて、
でも帰り際に正体がばれてしまう。
すると「おれは河内山宗俊、やせても枯れても直参だ!」とか言って開き直り、
自分のことも、企みのことも、全部白状するのにそのまま帰れて、
最後っ屁のように「馬っ鹿めェ~!」と悪態ついて去っていくという…。

これのどこに感情移入しろと??

ところが最近になって目からウロコというか、
今までとまったく違う印象を持つようになりました。

御数寄屋(おすきや)坊主という直参扱いの茶坊主・河内山が
その立場をかさに質屋に難癖つけ、
古い木刀をカタに50両貸せとまくしたてるのが冒頭の「質店(しちみせ)」。

ここで店の娘が奉公先の大名屋敷で主人の妾になれといわれ、
婚約してるからと断ると押しこめられて命も危ないことを知る。
こりゃ木刀よりもカネになる、と、娘を助ける約束をする河内山。
手付100両、成功報酬100両で、請け負ったものの、
実は大した計画も、見通しもない。
しかし、はたと思いついて高僧に化け、大名屋敷に乗り込んでいく、というわけ。

ここで私は
「小悪人」の河内山が、庶民のために「巨悪」の大名に斬り込む話なんだと納得。
つまり、
河内山宗俊ってルパン三世なんだ~!

そう考えると、悪人なのに憎めないキャラであることも、
金目の話はないかとうろついていたら、娘さんの難儀に遭遇し、
自分の危険も顧みず娘さん救出作戦に出るところも、

腰元・浪路(質屋の娘・おふじのこと)はクラリスで、
浪路を妾にしようとしている松江出雲守カリオストロ伯爵で、
ルパンが変装したりしてカリオストロ城に侵入したように、
河内山もお屋敷に乗り込んでいったと考えればすんなり受け入れられる!

もう少しでうまくいく、と思ったところでバレそうになるところも、
そうなったら開き直って「俺の名はルパン三世!」みたいに話すところも、
バレても逃げおおせるところも、
娘救出といっても正義のため一辺倒ではなく、おカネのためであり、
巨悪からもきっちり大金せしめるところも、
最後に「あ~ばよ~!」というところも、
どこもかしこも「カリオストロの城」なのでありました。

カリオストロ伯爵、じゃなかった出雲守が
どこまでも巨大で憎々しい悪人だから、
一人で乗り込む河内山がいかにうまく計画を運べるかにスリルが。
駆け引きには「ザ・交渉人」的な緊張感があります。

時々「素」が出てしまうところを隠す可笑しみも、
ルパン三世チックなのでした。

また、
もう一つ、このご時世だからこそ胸にこたえる場面があります。

「質店」の段で
河内山が「手付100両、後金(あとがね)100両」とふっかけると、
番頭がしぶるんですよ。
「おかみさん、こんなのに100両やったらだまし取られるだけですよ、
 娘さんは帰ってきませんよ」と。

河内山は、自分には最初から関係のないヤマだから
「別に自分はいいけど、今100両のカネを出し渋って、
 この店全部を譲られる跡取り娘を死なせたときには、
 損失は100両じゃきかないんじゃないの?」と余裕しゃくしゃく。

口をとがらせて金を出させまいとする番頭を押しのけて
「あんたの店には損は出させないから」と
親戚の和泉屋清兵衛という大店の主人が
「娘さんが帰ってきたら、そのときは戻してくれればいいから」と
ポケットマネーで100両出すのです。うるうる~。

母は清兵衛に深く感謝し、その場で清兵衛に100両返します。
「十に八、九は戻らないかも」と覚悟しながらも、
藁にもすがる思いで、娘のために自ら100両出すのです。
わかる~。母親だもの~。あるおカネなら出す~。

最近の人質事件をつい連想してしまいました。
最初の身代金は20億だったのが、
どんな交渉をしたのかしなかったのか、200億となり、
最後は「カネではない」になったいきさつとかも。

巨悪を前にして、庶民は無力です。
そして、
家族を、子どもを、夫を、思う気持ちは今も昔も変わりません。

今度「河内山」を見るときには、
そんなことも考えながら観劇してみてください。

ちなみに、
ルパン三世に次元大介と石川五ェ門がいるように、
河内山宗俊には、直次郎と丑松という子分がいます。

「ルパン三世」「カリオストロの城」については、これをどうぞ。

2/6(金)、東銀座のGINZA楽学倶楽部で
「女性の視点で読み直す歌舞伎」講座の第14回
「いつまで生きても同じこと~「曽根崎心中」のお初」を開催、
無事終了しました。

お初は19歳にして、なぜ死に急いだのか。
彼女はいつの時点で死を覚悟していたのか。
「ロミオとジュリエット」や「ヴェニスの商人」など
シェイクスピア作品との類似にも触れつつ、
彼女の科白を丁寧に読み解いていきました。

また、
大ヒットしたのに、230年も上演されていなかった理由、
原作と原稿作品との違い、
常に「革新」と「大ヒット」を連れてくる、この作品の力の源、
60年、ほぼ1人でお初を演じ続ける坂田藤十郎丈の言葉、
などに触れ、
「曽根崎心中」の魅力に迫りました。

前日の雪で、交通機関の乱れなど心配しましたが、
当日は良く晴れて、ひと安心。
参加者の方々と「よかったね」と口ぐちに喜び合いました。
前日に
「講座はどうなるんですか」「雪の場合時間をずらしてもらえませんか」など
ご連絡もいただいたということで、
本当にありがたいと思います。

先月、講座で取り上げたシネマ歌舞伎「日本振袖始」を
ご覧になった方から「とても面白かった」と報告がありました。

講座についても
「お話を聞いていたので、みどころもおさえられたし、よくわかった」と
大変好評で、私もうれしかったです。

来月は3/6(金)13:30~15:30。
「封印切」についてお話しします。

歌舞伎座は、
松竹座から1日遅れて今日が初日です。

昼の部は
「吉例寿曽我(きちれいことぶきそが)」「毛谷村(けやむら)」
「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」と
名作が目白押しです。

私がもっとも楽しみにしているのは「積恋雪関扉」
小野小町姫/傾城墨染実は小町桜の精の菊之助。
舞踊の大曲ですから、舞の名手としての菊之助をじっくり味わいたいです。

「吉例寿曽我」はオールスターキャスト勢揃いで見ると華やかですが、
今回はぐっと若返っています。
存在感と憎々しさ抜群の中村歌六が工藤祐経なので、
びしっと場を引き締めて統率してくれることでしょう。
荒事が好き、という中村歌昇の曽我五郎が楽しみ。
一方
「毛谷村」は菊五郎/時蔵の鉄板で、安定感抜群。
大人の芸が観られますね。

私は「彦山権現〜」のお園という女性が大好きです。
講座でも取り上げましたが、
男に生まれたかったデキる女のプライドとか、
長女だからすべての責任をとろうとしてしまうところとか、
本当に感情移入できちゃう女性です。
「毛谷村」の段だけだとなかなかわからないですが、
そういう性格を、
時蔵さんがうまく浮かび上がらせてくれることでしょう。

夜の部は
「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」と
「神田祭」「筆屋幸兵衛」。

「一谷嫩軍記」は、
よくかかる「熊谷陣屋」ではなく、その前段の「陣門」と「組打」が出ます。
「組打」は、
「平家物語」にある、波打ち際で熊谷直実が敦盛の首を取る場面です。
美しい若武者姿も一見の価値あり。

「神田祭」は江戸っ子のいなせぶりを理屈抜きで楽しんでください。

逆にホネのある物語が好きな方には「筆屋幸兵衛」
明治維新で落ちぶれる元武士とその家族の運命を描く
河竹黙阿弥の作品です。
こういう心理ものでは、
シェイクスピアなどの舞台も数多く踏んだ松本幸四郎が
役柄に深い陰影を刻みます。

詳しくは、こちらをどうぞ。

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